【RADWIMPSの「過不足無く」という歌詞について】
平山
「過不足無く」というのが、自分的に大切な言葉で、何かがあったわけじゃないんですけど
「過不足無く」ってすごく難しいじゃないですか、価値観って人によってすごく違うなって思うので
人の中の定規というか、測る単位に合わせつつも、自分の思いを伝えることが大切だなって
メンバーに対しても、家族に対して、大事な人に対しては、気持ちはちゃんと伝えたいと思いますし
思ってることもそうですけど、自分の中であなたは必要なんだよって、ちゃんと日頃から伝えないと
その時に感じたものを伝えないと、言葉や気持ちにも期限があると思うので
その時に感じたものをちゃんと伝えようとしてるんですけど、やっぱ照れて、いっしょにいすぎて言いづらくなったりもするので
そういうところを取っ払って、大好きだったら大好きって伝えるべきだし、一緒にいたら楽しいですって伝えていけるようにしたいなって思いました
上國料 すごいね…でも、ぺいが恥ずかしながらに「めっちゃ好きですよ」とか言ってるの、想像できる
平山
家族がそういう感じなので、母が「大好きだよ」とか「頑張ったね」ってポジティブな言葉を伝えてくれる人なんですけど
高校生で思春期の気持ちが働いて「なによ!」みたいなのがあったりもするんですよ
そういう時にお母さんが「いつ伝えられなくなるかわかんないし、今は永遠じゃないんだよ」ってよく言うんですね
私もそういうところをお母さんから受け継いで、毎日を大切に過ごして生きたいですね
下井谷 素敵です
VIPQ2_EXTDAT: checked:default:1000:512:: EXT was configured 為永幸音が狂ったように「ハッピー!」を連呼するコーナーと同じ番組とは思えない
ペイのこのコーナー、めっちゃ好きだわ
かなり深い話を聴ける
声も良い
AS1422は爆笑ネタコーナとしんみりトークコーナーどっちもあるからおもろいのよ
松本わかなの人生相談コーナーもすこ
ヲタが普通に説教されてるし
昭和も中頃
平山遊山という若き詩人が同人誌「波濤」にて同世代の若者たちの共感を得て活躍していた
しかししばらくしてから遺書にその詩集を添えて自殺する若者が
7ヶ月に渡り相次いだため
北九州や四国の学校では遊山の詩歌を禁書扱いにする対応を取り
また全国的にみても一部出版社や
貸し本屋、図書館でも取り扱いを自粛するなど
遊山の詩歌は一部で社会的パニックを引き起すこととなる
その時代的不安感を繊細に描いた詩歌が再評価され
作品集として読むことが出来るようになったのは
平山遊山が自ら命を断ってから50年も経てのことである
特に平山遊山の詩歌の中でも「雨垂れ」は
茫漠とした動機から自殺に至る地方青年の心情を静かな
しかし清冽な筆致で描写し
自死を美化しているとも言われ
現在でも社会的配慮から作品集より省く出版社もある
ぺいちゃんは完全主義者っぽくて周りは気疲れしそう
あとTIFの時にコメントがやたら長くてビックリした事も
上國料
「勢いで感情をぶつけてしまってふなを傷つけるようなことを言ってしまったこともありました。謝りたいこともたくさんあります。
それでも、
ささいなことですら何年後かに2人でうける〜って笑い話になってたらいいなって、そんな未来を私が勝手に想像してたから、人生が思い通りに行くことなんかないんだなって今回で学んだ気がします。」
言葉に期限なんてないだろ?
せいしょよんだことあるんか?
冒頭が「まず言葉があった」だぞ?
心的イメージは消えていくが言葉は永遠なのよ
だからこそ平安時代や古代ギリシア語の文献とか今でも読まれてるだろ?
聖書なんか読むから米国民の多くがイスラエルの謀略を支援し結果的に許されざる暴力に加担してしまう訳
人は如何に生きるかなんて余程のサイコパスじゃ無い限り自ずと身に付くものだから
永遠なのか本当か 時の流れは続くのか
いつまで経っても変わらない そんな物あるだろうか