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夏。仕事に行く前に採取した精液を、女性が病院に持っていきました。その日帰宅すると、男性は女性から検査結果を聞かされました。
「精子がまったくいなかったみたい」
ショックで頭が真っ白になりました。精液に精子がない「無精子症」の存在さえ、当時は知りませんでした。
その後、何度か検査を受けましたが、結果は同じでした。
そこで、顕微鏡で精巣を見ながら精子を探し出す手術を受けることにしました。精子がとり出せるよう、男性は、手術までの約3カ月間は生活を変えました。
専門家の書いた本を読み、精巣の温度が上がると精子がうまくつくれなくなると知り、お風呂につかるのはやめてシャワーだけにしました。熱がこもらないように、ボクサーパンツはやめ、トランクスに変えました。
女性も栄養素を意識して料理をつくったり、サプリメントを買ってきたりしてくれました。精子がとれたら、顕微鏡で見ながら卵子に注入する「顕微授精」をすると二人で決めていました。
女性は「あなたの次は私が頑張るから」と、寄り添ってくれていました。
秋。地元から離れた大学病院で、手術を受けました。全身麻酔から目を覚ますと、医師から伝えられました。「必死に探してみたんですが、だめでした」
女性が運転する帰りの車中、手術による激痛で後ろのシートで横になっていた男性は、泣きながら謝りました。「ごめんね」。女性は言葉少なでした。
男性は後日、精子のもとになる細胞がない、と医師から告げられました。現状では治療法がありません。「どんなにお金をかけて治療しても妊娠はできません。養子を迎えるか、精子提供をうけることを考えてみてください」
略
新しい年を迎えると、女性が別の医療施設を見つけました。針と電気による治療で精子をつくる機能を改善させるとうたっていました。「せっかく見つけてくれたんだから、頑張らなきゃ」。そう考えた男性は治療を受けました。
春から半年間、2週間に1回、費用は1時間7500円。しかし、3カ月おきに精液検査を受けても、精子はいませんでした。
「どこにすがればいいのか、誰を信じればいいのか、分からなくなっていた」。男性は振り返ります。
「(子どものいる友人と比べて)なんで私だけ、こんなにつらい思いをしなきゃいけないの」「(不妊治療が続く)こんな生活はもう嫌」。女性は不満をぶつけるようになりました。
「私がほかの人と一緒になって、子どもを産んで幸せになってほしいと思わないの?」。ある日、離婚を切り出されました。
不妊の原因は自分にある――。そう思うと、男性は返す言葉がありませんでした。
12月。ささいなことでけんかになり、再び離婚を持ち出されました。「離婚は納得してくれたのか」「離婚はしたくない」「もう無理だから」。言い合いになり、男性は泣きながら荷物をリュックにつめて、家を飛び出しました。
「こんなに頑張ってきたのに。あの日々は何だったんだろう」。実家に戻った男性は眠れない夜が続きました。
女性の意思は固く、離婚にいたりました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180630-00010000-asahit-soci