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https://digital.asahi.com/articles/DA3S14530929.html
病と差別、コロナでもハンセン病家族訴訟、確定判決から考える
■憲法を考える視点・論点・注目点
新型コロナウイルスに感染した人や家族、医療従事者らへの非難や嫌がらせが起きている。病気を理由とする差別はなぜ起きるのか。ハンセン病の元患者の家族が差別によって憲法上の基本的人権を侵害されたとして、国の責任を認めた昨年6月の熊本地裁判決を手がかりに、差別をなくすにはどうすべきかを考える。
■ネットで特定「来ないで」「許せない」
東海地方に住む40代男性は、ため息をついた。
「コロナウイルスより、人の方がよっぽど怖い。たたかわなければいけない相手は、ウイルスだけじゃなかった」
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<事実無根の書き込み>家族の新型コロナウイルス感染がわかったのは4月中旬だ。PCR検査で陽性が確認された日、県は住んでいる自治体や職業、年代など限られた情報だけを発表した。
しかし発表前日に「地域で感染者が出た」との情報がネットで出回った。発表後ほどなく家族や男性がネットで特定され、数日後には男性宅の留守番電話にも「お前の家族はコロナなんだ。どこかに行かせろ。(この地域で)はやったら、お前のせいだ」との録音が残された。
家族は感染確認の数日前に症状が出てからは外出していなかったが、ネット上の掲示板やSNSに「毎晩飲み歩いていた」「パチンコ屋で見かけた」と書かれた。男性は家族と同居していなかったが、「濃厚接触者という事実を県に隠している」と記された。どれも事実無根だ。
男性が立ち寄った店では「客が寄りつかなくなるから来ないで」と言われた。行きつけの美容院から「感染していないんですか」と問い合わせを受けた。
家族が行ったこともない飲食店について「出入りしていた店が廃業した」と伝えられた。その店は休業して消毒作業をしただけで、廃業していなかった。
面識のない人が体調を崩して仕事を休んだ際、男性と濃厚接触があったとのうわさを流された。「攻撃されるまま、反論もできない。感染した芸能人の謝罪が報道されることで、感染が『悪いこと』ととらえられ、犯罪者のような扱いをされるのがつらかった」
地元で「ウイルスを運んだ」「許せない」と言われていることも伝わってきた。買い物に行くと、女性客からにらまれたように感じた。「(差別を恐れて)症状が出ても言わない人はいると思う」
一方で、励ましてくれる人もいた。家族の入院中は看護師が親身に対応してくれた。「それで心のバランスを保てた」
回復した家族に、男性は声をかけた。「今回のことで、社会のいいところ、悪いところが見えた。他の人の痛みが分かる人間にならないといけないね」
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<各地で嫌がらせ横行>患者や家族、医療従事者らへの攻撃は各地で起きている。
5月23日、オンライン上で「『新型コロナ差別を考える』シンポジウム」が開かれた。
部落解放・人権研究所(大阪市)の主催。「反差別・人権研究所みえ」(三重県)の松村元樹事務局長が、全国で報じられた事例を報告した。
感染者の家族が通う学校に「その教室だけ消毒してほしい」と保護者から電話があった▽医療従事者がタクシーや引っ越し業者、なじみの飲食店の利用を拒否された
▽医療従事者の子が保育園の通園を拒否された▽長距離運転手が歯科医の診療を拒否された▽他県ナンバーの車が蹴られた▽横浜中華街の複数の店に「中国人は早く日本から出て行け」と手紙が届いた――などだ。
三重県では、患者の自宅に石が投げ込まれ、壁に落書きされた。感染確認後に県境をまたいで移動したという女性は、ツイッターで「コロナ女」と中傷され、名前や写真、勤務先として根拠不明の情報も流された。
学生の懇親会でクラスター(感染者集団)が発生したとされる京都産業大に対しては、「大学に火を付ける」といった電話やメールが殺到した。
自粛期間中に営業した店や個人を通報・攻撃する「自粛警察」などの動きもあった。
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<エイズやB型肝炎も>ほかの病気で差別を受けた人々も危機感を募らせる。
シンポに参加したHIV(エイズウイルス)陽性者団体「ジャンププラス」の高久陽介代表は、1990年代にエイズ感染者をめぐるうわさや報道で広がったパニックについて紹介。新型コロナの問題でも「プライバシーや人権を守らないと差別が助長され、感染者が怖がって名乗り出なくなり、感染拡大防止にマイナスになる」と訴えた。
全国B型肝炎訴訟の北海道原告団も5月に声明を発表した。「B型肝炎の患者・感染者と遺族も、病気そのものの苦しみに加え、理不尽な偏見・差別を受け、涙を流してきた。偏見や差別が新型コロナウイルスの感染者らに向けられないよう願う」と冷静な対応を呼びかけた。