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http://info.2ch.net/guide/faq.html#B0 避難所
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>>700 が立てること。
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※700がスレ立てできないことが分かった時点、或いは800以降次スレがなければ有志が立てること
（乱立防止のためスレ立て宣言推奨)
※スレタイに特定の銘柄名をつけるのはやめましょう。トラブルの原因です。
※スレタイの先頭には【急騰】を、途中には通し番号をつけるのをお忘れなく。
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured
ラクオ、明日決算だぞｗｗｗｗｗ
くこかって聞いてんだよ！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！１１１１１１１１
一部報道 @ichibuhoudou · 9分9分前
【ニュース】医療用ＨＡＬ®︎、サウジアラビアの医療機器製造販売の承認取得
～ 日本発の革新的医療技術のサイバニクス治療を開始 ～
https://www.cyberdyne.jp/wp_uploads/2017/08/20170809news.pdf ﾜｯﾁｮｲ騙されたあああああああああ！！！(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
ラクオリアは5日線まで戻ったからもうええわ
遅かったわ
次使ってくれ
【急騰】今買えばいい株8633【猫の威を借る狼】 [無断転載禁止](c)2ch.net
http://egg.2ch.net/test/read.cgi/stock/1502253074/ ラクオリアのらの字も言ってなかったウルフ後だし笑うわ
ダビスタもみんごるも広告めっきり少なくなったし
アンジェス1000
太陽光発電事業に係る業務報酬の受領に関するお知らせ
ソレイジア明日決算であく抜け？
ウマ娘フィーバーが起こるぞ！！！
昨日ストップ高で買ったアジア航測500株助かりますか？
アジア航測に資金拘束奴wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
アカツキの成り売り消したり置いたりしてるゴミカス殺すぞ！
なんかトランザスすぐ寄りそうだな
BBタワーなにも今日リバ狙わなくても来週でいいだろ
>109
モブキャスきたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
今日人が少な過ぎて嵌め込みも成り立って無いんだなw
ラクオリアの次はgumiが雲を抜けておられるぞｗｗｗｗｗｗｗ
俺の新日本電工どうなってんねん…
ビーマップってすごい下げるな～
新日本電工が大安売りしてたからちょっとだけど買ったぜ。
リネット死ねや
★小型低位の有望注目株★「4766ピーエイ」187円
円高、株安、金融危機の第一人者は哲人投資家の大重さんで決まりだな
［北京 １１日 ロイター］ - 中国共産党機関紙・人民日報傘下の環球時報は、北朝鮮が先に米国に向けてミサイルを発射すれば、中国は中立を保つべきとの見解を明らかにした。
>>132 え？むしろ北朝鮮に味方するってことやろこれ
一杯もちもちして震えてる奴おるか？
>>135 持ち越してんのお前ぐらいだろ(´・ω・`)
>>135 ショートの俺には関係のない話
おまえだけ死ね
日経-1.5%で死ぬってアホか
>>141 あの機関誌のどこをどう読んでそんな結論になったんだよw
全力してるなら今の内に少しずつ損切りして減らすべき
蟹はパナが既出材料をリツイートしたからやな
383 ：( ФωФ)ｙ━" ◆jhQMrx0rxyzv [sage]：2015/10/27(火) 11:24:09.52 ID:fBE4ugSs0
2138 クルーズ http://minkabu.jp/stock/2138/news/1356477 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000298.000006324.html ★小型注目株★「4766ピーエイ」184円＋4円
３７２７アプリックス
中村>清宮が確定したな
EVに車体軽量化は欠かせない！
バブル到来！
資産4倍を実現しました。
今だからこそ。今なら。まだ間に合う！
秒速男与沢翼の伊藤塾
その秘訣は...
http://www.mileage.tech 上に出た銘柄よりも
ソウルドアウト ついさっき早見氏が大注目と！
配車関連はソフトバンクやトヨタといった超大手が注目して資金投入している分野だぞ
わいのファーマフーズほぼ2年握りっぱなしだけどいつ助かるの？
ファーマフーズはいずれ一部上場するよ
2321 ソフトフロントHD IR 9月4日 終値186円 http://www.softfront.co.jp/news-list/ http://www.samurai-incubate.asia/partner 深呼吸しても落ち着かない
先物もダウも為替もマザ先も全部下やん
ハリケーン、太陽フレア、大地震
リチウム電池関連とかも今回の騒ぎで売られ過ぎな銘柄はまだ上行きそうだな
>>203 ダウ上がってるじゃん
損切りした奴www
ゲーセクもういいなら。なんで高値で掴んだら一生助からんかもしれんセクター、わざわざこの時期に買うかよアホか
今週はきつく辛い一週間だった。だがしかし！来週からの儲けを考えるとむしろマイナスだわな
女にとって初めての男は特別なもんなんや
ウルフのババアが『ファンドで買っていきます』つって宣言したアビックスは
. n Λ＿Λ
. n Λ＿Λ
彼女がAVを見て見たいと言ったので、
>>196 4日だし大した材料じゃない
Oak がほぼ抜けたソフロンは投機として魅力ないな
よくリスク管理で資産を分散させるって言うが少額では意味ないと気づいた
蟹ホルダーだけど、今回のイベでセルランが一桁は当然だと思ってた
>>228 ホルダーがこんなレスするわけねええええええｗｗｗ
. n Λ＿Λ
. n Λ＿Λ
引け間際に買ったよ
>>234 こいつ嘘ついてるわ、こんな書き込みするメリットが全くないもんｗｗｗ
俺の書き込みなんか株価に影響ないから客観的に書いているつもり
金曜ロードショー ジブリ祭り「ラピュタ」「ポニョ」 ノーカット放送！ [無断転載禁止]©2ch.net･
http://hayabusa9.2ch.net/test/read.cgi/news/1504885095/ うわあああああ俺株いったあああ
>>239 いや嘘だね、スクショはるまで覆せないほど疑わしい
これでわかったろ
週末何もなければちょっとGUするんじゃねっていう程度の期待しかない
イベが終わればまたセルラン３０～４０位になるのはわかっているからすぐ売るけどね
金融危機といえば、哲人投資家の大重俊
ゲームショウで一噴きあるだろうから来週はゲーム仕込む
こころ
私が先生と知り合いになったのは鎌倉かまくらである。その時私はまだ若々しい書生であった。暑中休
て三日と経たたないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。電報に
。それに肝心かんじんの当人が気に入らなかった。それで夏休みに当然帰るべきところを、わざと避けて
で彼はとうとう帰る事になった。せっかく来た私は一人取り残された。
由のない男であったけれども、学校が学校なのと年が年なので、生活の程度は私とそう変りもしなかった
には長い畷なわてを一つ越さなければ手が届かなかった。車で行っても二十銭は取られた。けれども個人
私は毎日海へはいりに出掛けた。古い燻くすぶり返った藁葺わらぶきの間あいだを通り抜けて磯いそへ
知った人を一人ももたない私も、こういう賑にぎやかな景色の中に裹つつまれて、砂の上に寝ねそべって
やが二軒あった。私はふとした機会はずみからその一軒の方に行き慣なれていた。長谷辺はせへんに大き
飲み、ここで休息する外ほかに、ここで海水着を洗濯させたり、ここで鹹しおはゆい身体からだを清めた
私わたくしがその掛茶屋で先生を見た時は、先生がちょうど着物を脱いでこれから海へ入ろうとすると
も知れなかった。それほど浜辺が混雑し、それほど私の頭が放漫ほうまんであったにもかかわらず、私が
の浴衣ゆかたを着ていた彼は、それを床几しょうぎの上にすぽりと放ほうり出したまま、腕組みをして海
、長い間西洋人の海へ入る様子を眺ながめていた。私の尻しりをおろした所は少し小高い丘の上で、その
あった。大抵は頭に護謨製ゴムせいの頭巾ずきんを被かぶって、海老茶えびちゃや紺こんや藍あいの色を
彼はやがて自分の傍わきを顧みて、そこにこごんでいる日本人に、一言ひとこと二言ふたこと何なにか
私は単に好奇心のために、並んで浜辺を下りて行く二人の後姿うしろすがたを見守っていた。すると彼
頭が小さく見えるまで沖の方へ向いて行った。それから引き返してまた一直線に浜辺まで戻って来た。掛
彼らの出て行った後あと、私はやはり元の床几しょうぎに腰をおろして烟草タバコを吹かしていた。そ
その時の私は屈托くったくがないというよりむしろ無聊ぶりょうに苦しんでいた。それで翌日あくるひ
、すぐ手拭てぬぐいで頭を包んで、すたすた浜を下りて行った。先生が昨日きのうのように騒がしい浴客
た。すると先生は昨日と違って、一種の弧線こせんを描えがいて、妙な方向から岸の方へ帰り始めた。そ
私わたくしは次の日も同じ時刻に浜へ行って先生の顔を見た。その次の日にもまた同じ事を繰り返した
ら賑にぎやかでも、それにはほとんど注意を払う様子が見えなかった。最初いっしょに来た西洋人はその
ようとすると、どうした訳か、その浴衣に砂がいっぱい着いていた。先生はそれを落すために、後ろ向き
見えて、急にそこいらを探し始めた。私はすぐ腰掛こしかけの下へ首と手を突ッ込んで眼鏡を拾い出した
二丁ちょうほど沖へ出ると、先生は後ろを振り返って私に話し掛けた。広い蒼あおい海の表面に浮いてい
と手足の運動を已やめて仰向けになったまま浪なみの上に寝た。私もその真似まねをした。青空の色がぎ
た。比較的強い体質をもった私は、もっと海の中で遊んでいたかった。しかし先生から誘われた時、私は
それから中なか二日おいてちょうど三日目の午後だったと思う。先生と掛茶屋かけぢゃやで出会った時
えた。しかしにやにや笑っている先生の顔を見た時、私は急に極きまりが悪くなった。「先生は？」と聞
ような建物であった。そこに住んでいる人の先生の家族でない事も解わかった。私が先生先生と呼び掛け
話をした末、日本人にさえあまり交際つきあいをもたないのに、そういう外国人と近付ちかづきになった
かと疑った。そうして腹の中で先生の返事を予期してかかった。ところが先生はしばらく沈吟ちんぎんし
私わたくしは月の末に東京へ帰った。先生の避暑地を引き上げたのはそれよりずっと前であった。私は
いたので、先生からもう少し濃こまやかな言葉を予期して掛かかったのである。それでこの物足りない返
気が付かないようでもあった。私はまた軽微な失望を繰り返しながら、それがために先生から離れて行く
は若かった。けれどもすべての人間に対して、若い血がこう素直に働こうとは思わなかった。私はなぜ先
素気そっけない挨拶あいさつや冷淡に見える動作は、私を遠ざけようとする不快の表現ではなかったので
自分を軽蔑していたものとみえる。
かまくらにいた時の気分が段々薄くなって来た。そうしてその上に彩いろどられる大都会の空気が、記憶
授業が始まって、一カ月ばかりすると私の心に、また一種の弛たるみができてきた。私は何だか不足な
始めて先生の宅うちを訪ねた時、先生は留守であった。二度目に行ったのは次の日曜だと覚えている。
いだという事も聞いた。二度来て二度とも会えなかった私は、その言葉を思い出して、理由わけもない不
。すると奥さんらしい人が代って出て来た。美しい奥さんであった。
になるか、ならないかでございます」と奥さんは気の毒そうにいってくれた。私は会釈えしゃくして外へ
私わたくしは墓地の手前にある苗畠なえばたけの左側からはいって、両方に楓かえでを植え付けた広い
」と大きな声を掛けた。先生は突然立ち留まって私の顔を見た。
て繰り返された。私は急に何とも応こたえられなくなった。
きりいえないような一種の曇りがあった。
「いいえ、そんな事は何もおっしゃいません」
先生はようやく得心とくしんしたらしい様子であった。しかし私にはその意味がまるで解わからなかっ
くロギンの墓だのという傍かたわらに、一切衆生悉有仏生いっさいしゅじょうしつうぶっしょうと書いた
いって先生は苦笑した。
れこれいいたがるのを、始めのうちは黙って聞いていたが、しまいに「あなたは死という事実をまだ真面
い梢こずえを見上げて、「もう少しすると、綺麗きれいですよ。この木がすっかり黄葉こうようして、こ
向うの方で凸凹でこぼこの地面をならして新墓地を作っている男が、鍬くわの手を休めて私たちを見て
口数を利きかなかった。それでも私はさほどの窮屈を感じなかったので、ぶらぶらいっしょに歩いて行っ
「ええ別に寄る所もありませんから」
「いいえ」
先生はこれ以外に何も答えなかった。私もその話はそれぎりにして切り上げた。すると一町ちょうほど
「お友達のお墓へ毎月まいげつお参りをなさるんですか」
私はそれから時々先生を訪問するようになった。行くたびに先生は在宅であった。先生に会う度数どす
変りはなかった。先生は何時いつも静かであった。ある時は静か過ぎて淋さびしいくらいであった。私は
人のうちであるいは私だけかも知れない。しかしその私だけにはこの直感が後のちになって事実の上に証
、それでいて自分の懐ふところに入いろうとするものを、手をひろげて抱き締める事のできない人、――
事があった。窓に黒い鳥影が射さすように。射すかと思うと、すぐ消えるには消えたが。私が始めてその
時の結滞けったいに過ぎなかった。私の心は五分と経たたないうちに平素の弾力を回復した。私はそれぎ
先生と話していた私は、ふと先生がわざわざ注意してくれた銀杏いちょうの大樹たいじゅを眼めの前に
こういった。
先生はそう答えながら私の顔を見守った。そうしてそこからしばし眼を離さなかった。私はすぐいった
すこいらが散歩してみたい」
先生は何とも答えなかった。しばらくしてから、「私のは本当の墓参りだけなんだから」といって、ど
「じゃお墓参りでも好いいからいっしょに伴つれて行って下さい。私もお墓参りをしますから」
い微かすかな不安らしいものであった。私は忽たちまち雑司ヶ谷で「先生」と呼び掛けた時の記憶を強く
こへ墓参りには行きたくないのです。自分の妻さいさえまだ伴れて行った事がないのです」
私わたくしは不思議に思った。しかし私は先生を研究する気でその宅うちへ出入でいりをするのではな
尊たっとむべきものの一つであった。私は全くそのために先生と人間らしい温かい交際つきあいができた
ていなかった。それだから尊たっといのかも知れないが、もし間違えて裏へ出たとしたら、どんな結果が
私は月に二度もしくは三度ずつ必ず先生の宅うちへ行くようになった。私の足が段々繁しげくなった時
「何でといって、そんな特別な意味はありません。――しかしお邪魔じゃまなんですか」
を知っていた。先生の元の同級生などで、その頃ころ東京にいるものはほとんど二人か三人しかないとい
「私は淋さびしい人間です」と先生がいった。「だからあなたの来て下さる事を喜んでいます。だからな
私がこう聞き返した時、先生は何とも答えなかった。ただ私の顔を見て「あなたは幾歳いくつですか」
さずに帰ってしまった。しかもそれから四日と経たたないうちにまた先生を訪問した。先生は座敷へ出る
「ええ来ました」といって自分も笑った。
「私は淋さびしい人間です」と先生はその晩またこの間の言葉を繰り返した。「私は淋しい人間ですが、
かりたいのでしょう……」
すか」
その淋しさを根元ねもとから引き抜いて上げるだけの力がないんだから。あなたは外ほかの方を向いて今
幸さいわいにして先生の予言は実現されずに済んだ。経験のない当時の私わたくしは、この予言の中う
ようになった。
だが、私の興味は往来で出合う知りもしない女に向かって多く働くだけであった。先生の奥さんにはその
これは奥さんに特色がないというよりも、特色を示す機会が来なかったのだと解釈する方が正当かも知
、つまり二人はばらばらになっていた。それで始めて知り合いになった時の奥さんについては、ただ美し
先生はいつもより愉快そうに見えた。奥さんに「お前も一つお上がり」といって、自分の呑のみ干した盃
先生の間に下しものような会話が始まった。
「ちっともならないわ。苦しいぎりで。でもあなたは大変ご愉快ゆかいそうね、少しご酒しゅを召し上が
「今夜はいかがです」
「そうはいかない」
い声などの聞こえる試しはまるでなかった。或ある時ときは宅の中にいるものは先生と私だけのような気
かし私の心には何の同情も起らなかった。子供を持った事のないその時の私は、子供をただ蒼蠅うるさい
「貰もらいッ子じゃ、ねえあなた」と奥さんはまた私の方を向いた。
私わたくしの知る限り先生と奥さんとは、仲の好いい夫婦の一対いっついであった。家庭の一員として
いる時、先生は何かのついでに、下女げじょを呼ばないで、奥さんを呼ぶ事があった。（奥さんの名は静
って、奥さんが席へ現われる場合などには、この関係が一層明らかに二人の間あいだに描えがき出される
した事も、私の記憶によると、二、三度以上あった。私は箱根はこねから貰った絵端書えはがきをまだ持
あった。ある日私がいつもの通り、先生の玄関から案内を頼もうとすると、座敷の方でだれかの話し声が
分った。そうしてそのうちの一人が先生だという事も、時々高まって来る男の方の声で解った。相手は先
へ帰った。
から私を誘った。先刻さっき帯の間へ包くるんだままの時計を出して見ると、もう八時過ぎであった。私
飲んで、それで酔えなければ、酔うまで飲んでみるという冒険のできない人であった。
私の腹の中には始終先刻さっきの事が引ひっ懸かかっていた。肴さかなの骨が咽喉のどに刺さった時の
「君、今夜はどうかしていますね」と先生の方からいい出した。「実は私も少し変なのですよ。君に分り
「実は先刻さっき妻さいと少し喧嘩けんかをしてね。それで下くだらない神経を昂奮こうふんさせてしま
私には喧嘩という言葉が口へ出て来なかった。
「どんなに先生を誤解なさるんですか」
先生がどんなに苦しんでいるか、これも私には想像の及ばない問題であった。
二人が帰るとき歩きながらの沈黙が一丁ちょうも二丁もつづいた。その後あとで突然先生が口を利きき
「悪い事をした。怒って出たから妻さいはさぞ心配をしているだろう。考えると女は可哀かわいそうなも
って行った。
「中位ちゅうぐらいに見えます」と私は答えた。この答えは先生にとって少し案外らしかった。先生はま
分れるのが先生に済まないような気がした。「ついでにお宅たくの前までお伴ともしましょうか」といっ
先生が最後に付け加えた「妻君のために」という言葉は妙にその時の私の心を暖かにした。私はその言
先生と奥さんの間に起った波瀾はらんが、大したものでない事はこれでも解わかった。それがまた滅多
「私は世の中で女というものをたった一人しか知らない。妻さい以外の女はほとんど女として私に訴えな
私は今前後の行ゆき掛がかりを忘れてしまったから、先生が何のためにこんな自白を私にして聞かせた
間の一対であるべきはずです」という最後の一句であった。先生はなぜ幸福な人間といい切らないで、あ
それほど幸福でないのだろうか。私は心の中うちで疑うたぐらざるを得なかった。けれどもその疑いは一
の日横浜よこはまを出帆しゅっぱんする汽船に乗って外国へ行くべき友人を新橋しんばしへ送りに行って
時に訪問した。先生の新橋行きは前日わざわざ告別に来た友人に対する礼義れいぎとしてその日突然起っ
その時の私わたくしはすでに大学生であった。始めて先生の宅うちへ来た頃ころから見るとずっと成人
忘れてしまった。そのうちでたった一つ私の耳に留まったものがある。しかしそれを話す前に、ちょっと
う事は、東京へ帰って少し経たってから始めて分った。私はその時どうして遊んでいられるのかと思った
切みっせつの関係をもっている私より外ほかに敬意を払うもののあるべきはずがなかった。それを私は常
聞こえた。実際先生は時々昔の同級生で今著名になっている誰彼だれかれを捉とらえて、ひどく無遠慮な
調子で、「どうしても私は世間に向かって働き掛ける資格のない男だから仕方がありません」といった。
が出なかった。
ょう」
「悟るの悟らないのって、――そりゃ女だからわたくしには解りませんけれど、おそらくそんな意味じゃ
「丈夫ですとも。何にも持病はありません」
らないから気の毒でたまらないんです」
にまた口を開いた。
「若い時っていつ頃ですか」と私が聞いた。
奥さんは東京の人であった。それはかつて先生からも奥さん自身からも聞いて知っていた。奥さんは「
のに、お母さんの方はまだ江戸といった時分じぶんの市ヶ谷いちがやで生れた女なので、奥さんは冗談半
た奥さんはそれより以上の話をしたくないようだったので、私の方でも深くは聞かずにおいた。
意に解釈してもみた。年輩の先生の事だから、艶なまめかしい回想などを若いものに聞かせるのはわざと
ると、正直に自分を開放するだけの勇気がないのだろうと考えた。もっともどちらも推測に過ぎなかった
た。先生は美しい恋愛の裏に、恐ろしい悲劇を持っていた。そうしてその悲劇のどんなに先生にとって見
しまった。
みのために、先生はまたそれ以上の深い理由のために。
って花の下を歩いていた。場所が場所なので、花よりもそちらを向いて眼を峙そばだてている人が沢山あ
「仲が好よさそうですね」と私が答えた。
「君は恋をした事がありますか」
私は答えなかった。
「君は今あの男と女を見て、冷評ひやかしましたね。あの冷評ひやかしのうちには君が恋を求めながら相
「聞こえました。恋の満足を味わっている人はもっと暖かい声を出すものです。しかし……しかし君、恋
我々は群集の中にいた。群集はいずれも嬉うれしそうな顔をしていた。そこを通り抜けて、花も人も見
「罪悪です。たしかに」と答えた時の先生の語気は前と同じように強かった。
恋で動いているじゃありませんか」
「私の胸の中にこれという目的物は一つもありません。私は先生に何も隠してはいないつもりです」
「あなたは物足りない結果私の所に動いて来たじゃありませんか」
す」
別の事情があって、なおさらあなたに満足を与えられないでいるのです。私は実際お気の毒に思っていま
私は変に悲しくなった。
先生は私の言葉に耳を貸さなかった。
私は想像で知っていた。しかし事実としては知らなかった。いずれにしても先生のいう罪悪という意味
切り上げて下さい。私自身に罪悪という意味が判然解るまで」
先生と私とは博物館の裏から鶯渓うぐいすだにの方角に静かな歩調で歩いて行った。垣の隙間すきまか
すか」
「また悪い事をいった。焦慮じらせるのが悪いと思って、説明しようとすると、その説明がまたあなたを
私には先生の話がますます解わからなくなった。しかし先生はそれぎり恋を口にしなかった。
年の若い私わたくしはややともすると一図いちずになりやすかった。少なくとも先生の眼にはそう映っ
想の方が有難いのであった。とどの詰まりをいえば、教壇に立って私を指導してくれる偉い人々よりもた
「覚さめた結果としてそう思うんです」と答えた時の私には充分の自信があった。その自信を先生は肯う
思われるのを、苦しく感じています。しかしこれから先のあなたに起るべき変化を予想して見ると、なお
「私はお気の毒に思うのです」
つばきの花はもう一つも見えなかった。先生は座敷からこの椿の花をよく眺ながめる癖があった。
大通りから二丁ちょうも深く折れ込んだ小路こうじは存外ぞんがい静かであった。家うちの中はいつもの
「じゃ奥さんも信用なさらないんですか」と先生に聞いた。
になっているのです。自分を呪のろうより外ほかに仕方がないのです」
す」
間まへ呼んだ。二人の間にどんな用事が起ったのか、私には解わからなかった。それを想像する余裕を与
に、残酷な復讐ふくしゅうをするようになるものだから」
ようとするのです。私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥しりぞけたいと思うのです。私は今
う」
十五
に出るのだろうか。もしそうだとすれば、奥さんはそれで満足なのだろうか。
奥さんとは滅多めったに顔を合せなかったから。
あった。先生の頭さえあれば、こういう態度は坐って世の中を考えていても自然と出て来るものだろうか
もその思想家の纏まとめ上げた主義の裏には、強い事実が織り込まれているらしかった。自分と切り離さ
これは私の胸で推測するがものはない。先生自身すでにそうだと告白していた。ただその告白が雲の峯
わせた。
った。しかし先生は現に奥さんを愛していると私に告げた。すると二人の恋からこんな厭世えんせいに近
るべきで、先生と奥さんの間には当てはまらないもののようでもあった。
ない私は、先生の頭の中にある生命いのちの断片として、その墓を私の頭の中にも受け入れた。けれども
そうこうしているうちに、私はまた奥さんと差し向いで話をしなければならない時機が来た。その頃こ
持って行かれた家うちはほとんどなかったけれども、はいられた所では必ず何か取られた。奥さんは気味
めしを食わせなければならなくなった。先生は訳を話して、私に帰ってくる間までの留守番を頼んだ。私
十六
もう宅うちにいなかった。「時間に後おくれると悪いって、つい今しがた出掛けました」といった奥さん
ごしに電燈でんとうの光で照らされていた。奥さんは火鉢の前に敷いた座蒲団ざぶとんの上へ私を坐すわ
さんが茶の間で何か下女げじょに話している声が聞こえた。書斎は茶の間の縁側を突き当って折れ曲った
凝じっとしながら気をどこかに配った。
「それじゃ窮屈でしょう」
「いいえ。泥棒が来るかと思って緊張しているから退屈でもありません」
「じゃ失礼ですがもっと真中へ出て来て頂戴ちょうだい。ご退屈たいくつだろうと思って、お茶を入れて
が鳴っていた。私はそこで茶と菓子のご馳走ちそうになった。奥さんは寝ねられないといけないといって
「いいえ滅多めったに出た事はありません。近頃ちかごろは段々人の顔を見るのが嫌きらいになるようで
た。
「そりゃ嘘うそです」と私がいった。「奥さん自身嘘と知りながらそうおっしゃるんでしょう」
「あなたは学問をする方かただけあって、なかなかお上手じょうずね。空からっぽな理屈を使いこなす事
「両方ともいわれる事はいわれますが、この場合は私の方が正しいのです」
奥さんの言葉は少し手痛てひどかった。しかしその言葉の耳障みみざわりからいうと、決して猛烈なも
私わたくしはまだその後あとにいうべき事をもっていた。けれども奥さんから徒いたずらに議論を仕掛
奥さんの手に渡した。
奥さんの態度は私に媚こびるというほどではなかったけれども、先刻さっきの強い言葉を力つとめて打ち
「あなた大変黙り込んじまったのね」と奥さんがいった。
二人はそれを緒口いとくちにまた話を始めた。そうしてまた二人に共通な興味のある先生を問題にした
も知れませんが、私はそんな上うわの空そらでいってる事じゃないんだから」
「そりゃ分らないわ、あなた。そんな事、先生に聞いて見るより外ほかに仕方がないじゃありませんか。
「正直よ。正直にいって私には分らないのよ」
「何もそんな事を開き直って聞かなくっても好いいじゃありませんか」
「そのくらい先生に忠実なあなたが急にいなくなったら、先生はどうなるんでしょう。世の中のどっちを
「そりゃ私から見れば分っています。（先生はそう思っていないかも知れませんが）。先生は私を離れれ
ても私ほど先生を幸福にできるものはないとまで思い込んでいますわ。それだからこうして落ち付いてい
「それは別問題ですわ」
。世間というより近頃ちかごろでは人間が嫌いになっているんでしょう。だからその人間の一人いちにん
私わたくしは奥さんの理解力に感心した。奥さんの態度が旧式の日本の女らしくないところも私の注意
私は女というものに深い交際つきあいをした経験のない迂闊うかつな青年であった。男としての私は、
ると、私の感情が突然変る事が時々あった。私は自分の前に現われた女のために引き付けられる代りに、
んの女であるという事を忘れた。私はただ誠実なる先生の批評家および同情家として奥さんを眺めた。
「ええいいました。実際あんなじゃなかったんですもの」
「それがどうして急に変化なすったんですか」
「無論いましたわ。夫婦ですもの」
うがないんですもの。私は今まで何遍なんべんあの人に、どうぞ打ち明けて下さいって頼んで見たか分り
「何にもいう事はない、何にも心配する事はない、おれはこういう性質になったんだからというだけで、
せなかった。私はまるで泥棒の事を忘れてしまった。
「どうぞ隠さずにいって下さい。そう思われるのは身を切られるより辛いんだから」と奥さんがまたいっ
奥さんは火鉢の灰を掻かき馴ならした。それから水注みずさしの水を鉄瓶てつびんに注さした。鉄瓶は
て下さい、改められる欠点なら改めるからって、すると先生は、お前に欠点なんかありゃしない、欠点は
始め私わたくしは理解のある女性にょしょうとして奥さんに対していた。私がその気で話しているうち
た。自分と夫の間には何の蟠わだかまりもない、またないはずであるのに、やはり何かある。それだのに
奥さんは最初世の中を見る先生の眼が厭世的えんせいてきだから、その結果として自分も嫌われている
していた。けれどもどう骨を折っても、その推測を突き留めて事実とする事ができなかった。先生の態度
「あなたどう思って？」と聞いた。「私からああなったのか、それともあなたのいう人世観じんせいかん
が何であろうと、それが奥さんを満足させるはずがなかった。そうして私はそこに私の知らないあるもの
奥さんは予期の外はずれた時に見る憐あわれな表情をその咄嗟とっさに現わした。私はすぐ私の言葉を
を奥さんに伝えるだけです。先生は嘘うそを吐つかない方かたでしょう」
「先生がああいう風ふうになった源因げんいんについてですか」
「どんな事ですか」
「私にできる判断ならやります」
「先生がまだ大学にいる時分、大変仲の好いいお友達が一人あったのよ。その方かたがちょうど卒業する
て」と聞き返さずにはいられないようないい方であった。
どもそれから先生が変って来たと思えば、そう思われない事もないのよ」
できるものでしょうか。私はそれが知りたくって堪たまらないんです。だからそこを一つあなたに判断し
私わたくしは私のつらまえた事実の許す限り、奥さんを慰めようとした。奥さんもまたできるだけ私に
て来ていた。事件の真相になると、奥さん自身にも多くは知れていなかった。知れているところでも悉皆
すがり付こうとした。
合であい頭がしらに迎えた。私は取り残されながら、後あとから奥さんに尾ついて行った。下女げじょだ
ちに溜たまった涙の光と、それから黒い眉毛まゆげの根に寄せられた八の字を記憶していた私は、その変
に拵こしらえた、徒いたずらな女性の遊戯と取れない事もなかった。もっともその時の私には奥さんをそ
先生は笑いながら「どうもご苦労さま、泥棒は来ませんでしたか」と私に聞いた。それから「来ないん
の毒だというよりも、せっかく来たのに泥棒がはいらなくって気の毒だという冗談のように聞こえた。奥
私はその晩の事を記憶のうちから抽ひき抜いてここへ詳くわしく書いた。これは書くだけの必要がある
上に載のせて置いた菓子の包みを見ると、すぐその中からチョコレートを塗った鳶色とびいろのカステラ
秋が暮れて冬が来るまで格別の事もなかった。私は先生の宅うちへ出ではいりをするついでに、衣服の
い奥さんは、そういう世話を焼くのがかえって退屈凌たいくつしのぎになって、結句けっく身体からだの
そりゃあ。まるで針が立たないんですもの。お蔭かげで針を二本折りましたわ」
二十一
に、父の病気の経過が面白くない様子を書いて、今が今という心配もあるまいが、年が年だから、できる
性であった。その代り要心さえしていれば急変のないものと当人も家族のものも信じて疑わなかった。現
引ッ繰り返った。家内かないのものは軽症の脳溢血のういっけつと思い違えて、すぐその手当をした。後
冬休みが来るにはまだ少し間まがあった。私は学期の終りまで待っていても差支さしつかえあるまいと
。国から旅費を送らせる手数てかずと時間を省くため、私は暇乞いとまごいかたがた先生の所へ行って、
の硝子戸ガラスどから冬に入いって稀まれに見るような懐かしい和やわらかな日光が机掛つくえかけの上
「大病は好いいが、ちょっとした風邪かぜなどはかえって厭いやなものですね」といった先生は、苦笑し
「私は風邪ぐらいなら我慢しますが、それ以上の病気は真平まっぴらです。先生だって同じ事でしょう。
私は先生のいう事に格別注意を払わなかった。すぐ母の手紙の話をして、金の無心を申し出た。
の抽出ひきだしから出して来た奥さんは、白い半紙の上へ鄭寧ていねいに重ねて、「そりゃご心配ですね
「手紙には何とも書いてありませんが。――そんなに何度も引ッ繰り返るものですか」
「どうせむずかしいんでしょう」と私がいった。
「吐気さえ来なければまだ大丈夫ですよ」と奥さんがいった。
二十二
んなが心配するから、まあ我慢してこう凝じっとしている。なにもう起きても好いいのさ」といった。し
が強くおなりなんだよ」といった。私わたくしには父の挙動がさして虚勢を張っているようにも思えなか
の顔を見る自由の利きかない男であった。妹は他国へ嫁とついだ。これも急場の間に合うように、おいそ
事が、父には大きな満足であった。
父は口ではこういった。こういったばかりでなく、今まで敷いていた床とこを上げさせて、いつものよ
私のこの注意を父は愉快そうにしかし極きわめて軽く受けた。
。ただ顔色だけは普通の人よりも大変悪かったが、これはまた今始まった症状でもないので、私たちは格
くれるようにと断わった。そうして父の病状の思ったほど険悪でない事、この分なら当分安心な事、眩暈
私はその手紙を出す時に決して先生の返事を予期していなかった。出した後で父や母と先生の噂うわさ
「ええ、しかし先生が干した椎茸なぞを食うかしら」
先生の返事が来た時、私はちょっと驚かされた。ことにその内容が特別の用件を含んでいなかった時、
ったが。
今いうこの簡単な返書で、あとの一通は先生の死ぬ前とくに私宛あてで書いた大変長いものである。
私が引き添うように傍そばに付いていた。私が心配して自分の肩へ手を掛けさせようとしても、父は笑っ
二十三
で、炬燵こたつにあたったまま、盤を櫓やぐらの上へ載のせて、駒こまを動かすたびに、わざわざ手を掛
滑稽こっけいもあった。
父は勝った時は必ずもう一番やろうといった。そのくせ負けた時にも、もう一番やろうといった。要す
はそのくらいな刺戟しげきで満足できなくなった。私は金きんや香車きょうしゃを握った拳こぶしを頭の
聞いた。不思議にもその鼓動の音が、ある微妙な意識状態から、先生の力で強められているように感じた
らないほど大人おとなしい男であった。他ひとに認められるという点からいえばどっちも零れいであった
影響を与えていた。ただ頭というのはあまりに冷ひややか過ぎるから、私は胸といい直したい。肉のなか
他人であるという明白な事実を、ことさらに眼の前に並べてみて、始めて大きな真理でも発見したかのご
これは夏休みなどに国へ帰る誰でもが一様に経験する心持だろうと思うが、当座の一週間ぐらいは下にも
になるものである。私も滞在中にその峠を通り越した。その上私は国へ帰るたびに、父にも母にも解わか
けれども元々身に着いているものだから、出すまいと思っても、いつかそれが父や母の眼に留とまった。
から相当の医者を招いたりして、慎重に診察してもらってもやはり私の知っている以外に異状は認められ
「もう帰るのかい、まだ早いじゃないか」と母がいった。
東京へ帰ってみると、松飾まつかざりはいつか取り払われていた。町は寒い風の吹くに任せて、どこを
。ただ出すのは少し変だから、母がこれを差し上げてくれといいましたとわざわざ断って奥さんの前へ置
ると、こんなところに極きわめて淡泊たんぱくな小供こどもらしい心を見せた。
「なるほど容体ようだいを聞くと、今が今どうという事もないようですが、病気が病気だからよほど気を
「自分で病気に罹かかっていながら、気が付かないで平気でいるのがあの病の特色です。私の知ったある
って、細君を起したぎり、翌あくる朝はもう死んでいたんです。しかも細君は夫が寝ているとばかり思っ
「私の父おやじもそんなになるでしょうか。ならんともいえないですね」
「それじゃ好いいでしょう。医者がそういうなら。私の今話したのは気が付かずにいた人の事で、しかも
「しかし人間は健康にしろ病気にしろ、どっちにしても脆もろいものですね。いつどんな事でどんな死に
「いくら丈夫の私でも、満更まんざら考えない事もありません」
う。不自然な暴力で」
「すると殺されるのも、やはり不自然な暴力のお蔭かげですね」
とか、不自然の暴力で死ぬとかいう言葉も、その場限りの浅い印象を与えただけで、後あとは何らのこだ
その年の六月に卒業するはずの私わたくしは、ぜひともこの論文を成規通せいきどおり四月いっぱいに
、余所目よそめにも忙いそがしそうに見えるのに、私だけはまだ何にも手を着けずにいた。私にはただ年
ていた私は、頭を抑おさえて悩み始めた。私はそれから論文の問題を小さくした。そうして練り上げた思
私の選択した問題は先生の専門と縁故の近いものであった。私がかつてその選択について先生の意見を
てくれた上に、必要の書物を、二、三冊貸そうといった。しかし先生はこの点について毫ごうも私を指導
でしょう」
そぞろに口を開いた。
ょう。それから……」
のようにきまりが悪かったものだが、近頃は知らないという事が、それほどの恥でないように見え出した
先生の言葉はむしろ平静であった。世間に背中を向けた人の苦味くみを帯びていなかっただけに、私に
それからの私はほとんど論文に祟たたられた精神病者のように眼を赤くして苦しんだ。私は一年前ぜん
持って行ったため、危あやうく跳はね付けられようとしたところを、主任教授の好意でやっと受理しても
骨董こっとうでも掘り出す時のように背表紙の金文字をあさった。
うたれた。私はついに四月の下旬が来て、やっと予定通りのものを書き上げるまで、先生の敷居を跨また
二十六
始める初夏の季節であった。私は籠かごを抜け出した小鳥の心をもって、広い天地を一目ひとめに見渡し
お蔭かげでようやく済みました。もう何にもする事はありません」といった。
をもっていた。私は先生の前で、しきりにその内容を喋々ちょうちょうした。先生はいつもの調子で、「
らしく見える先生の態度に逆襲を試みるほどに生々いきいきしていた。私は青く蘇生よみがえろうとする
「どこへ」
なく歩いた。私はかなめの垣から若い柔らかい葉を※(「てへん＋劣」、第3水準1-84-77)もぎ
と、先生は知らん顔をしてよそを向いて歩いた。
ら上のぼりになっている入口を眺ながめて、「はいってみようか」といった。私はすぐ「植木屋ですね」
の内はがらんとして人の影も見えなかった。ただ軒先のきさきに据えた大きな鉢の中に飼ってある金魚が
「構わないでしょう」
いった。
りに寝た。私はその余った端はじの方に腰をおろして烟草タバコを吹かした。先生は蒼あおい透すき徹と
苗の頂いただきに投げ被かぶせてあった先生の帽子が風に吹かれて落ちた。
私わたくしはすぐその帽子を取り上げた。所々ところどころに着いている赤土を爪つめで弾はじきなが
変な事を私に聞いた。
「まあどのくらいあるのかね。失礼のようだが」
先生の暮し向きに関して、何も聞いた事がなかった。先生と知り合いになった始め、私は先生がどうして
れた眼を休ませていた私の心は、偶然またその疑いに触れた。
先生は平生からむしろ質素な服装なりをしていた。それに家内かないは小人数こにんずであった。した
めた無弾力性のものではなかった。
ちでも造るさ」
ぐに立てた。
い黙っていた。
た。
単な手紙は、例の通り父の手蹟しゅせきであったが、病気の訴えはそのうちにほとんど見当らなかった。
「好よければ結構だが、――病症が病症なんだからね」
私は先生が私のうちの財産を聞いたり、私の父の病気を尋ねたりするのを、普通の談話――胸に浮かん
「君のうちに財産があるなら、今のうちによく始末をつけてもらっておかないといけないと思うがね、余
「ええ」
に実際的なのに私は少し驚かされた。しかしそこは年長者に対する平生の敬意が私を無口にした。
か分らないものだからね」
「君の兄弟きょうだいは何人でしたかね」と先生が聞いた。
「みんな善いい人ですか」
私はこの追窮ついきゅうに苦しんだ。しかし先生は私に返事を考えさせる余裕さえ与えなかった。
が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型いかたに入れたような悪人は世の中にあるはずが
先生のいう事は、ここで切れる様子もなかった。私はまたここで何かいおうとした。すると後うしろの
うに茂って生えていた。犬はその顔と背を熊笹の上に現わして、盛んに吠え立てた。そこへ十とおぐらい
「叔父さん、はいって来る時、家うちに誰だれもいなかったかい」と聞いた。
「そうか、いたのかい」
。
「今斥候長せっこうちょうになってるところなんだよ」
先生の談話は、この犬と小供のために、結末まで進行する事ができなくなったので、私はついにその要
かった。私の性質として、また私の境遇からいって、その時の私には、そんな利害の念に頭を悩ます余地
先生の話のうちでただ一つ底まで聞きたかったのは、人間がいざという間際に、誰でも悪人になるとい
犬と小供こどもが去ったあと、広い若葉の園は再び故もとの静かさに帰った。そうして我々は沈黙に鎖
て行くように思われた。遠い往来を荷車を引いて行く響きがごろごろと聞こえた。私はそれを村の男が植
「もう、そろそろ帰りましょう。大分だいぶ日が永くなったようだが、やっぱりこう安閑としているうち
を払い落した。
「この羽織はつい此間こないだ拵こしらえたばかりなんだよ。だからむやみに汚して帰ると、妻さいに叱
かった縁えんに、お上かみさんが、十五、六の娘を相手に、糸巻へ糸を巻きつけていた。二人は大きな金
門口かどぐちを出て二、三町ちょう来た時、私はついに先生に向かって口を切った。
「意味といって、深い意味もありません。――つまり事実なんですよ。理屈じゃないんだ」
先生は笑い出した。あたかも時機じきの過ぎた今、もう熱心に説明する張合いがないといった風ふうに
私には先生の返事があまりに平凡過ぎて詰つまらなかった。先生が調子に乗らないごとく、私も拍子抜
「そら見たまえ」
待ち合わせるために振り向いて立たち留どまった私の顔を見て、先生はこういった。
その時の私わたくしは腹の中で先生を憎らしく思った。肩を並べて歩き出してからも、自分の聞きたい
度に拘泥こだわる様子を見せなかった。いつもの通り沈黙がちに落ち付き払った歩調をすまして運んで行
「何ですか」
先生はすぐ返事をしなかった。私はそれを手応てごたえのあったようにも思った。また的まとが外はず
先生が用を足す間ぼんやりそこに立っていた。
々賑にぎやかになった。今までちらほらと見えた広い畠はたけの斜面や平地ひらちが、全く眼に入いらな
られた。市中から帰る駄馬だばが仕切りなく擦すれ違って行った。こんなものに始終気を奪とられがちな
「私は先刻さっきそんなに昂奮したように見えたんですか」
。君にはどう見えるか知らないが、私はこれで大変執念深い男なんだから。人から受けた屈辱や損害は、
ろ先生の言葉が私の耳に訴える意味そのものであった。先生の口からこんな自白を聞くのは、いかな私に
ろに、私の懐かしみの根を置いていた。一時の気分で先生にちょっと盾たてを突いてみようとした私は、
は決してそれを忘れないのです。私の父の前には善人であったらしい彼らは、父の死ぬや否いなや許しが
だから。しかし私はまだ復讐ふくしゅうをしずにいる。考えると私は個人に対する復讐以上の事を現にや
私は慰藉いしゃの言葉さえ口へ出せなかった。
その日の談話もついにこれぎりで発展せずにしまった。私わたくしはむしろ先生の態度に畏縮いしゅく
二人は市の外はずれから電車に乗ったが、車内ではほとんど口を聞かなかった。電車を降りると間もな
いった。私は笑って帽子を脱とった。その時私は先生の顔を見て、先生ははたして心のどこで、一般の人
私は思想上の問題について、大いなる利益を先生から受けた事を自白する。しかし同じ問題について、
して私の胸の裏うちに残った。
は困ります」
「あなたは私の思想とか意見とかいうものと、私の過去とを、ごちゃごちゃに考えているんじゃありませ
と、それはまた別問題になります」
ただけで、満足はできないのです」
「あなたは大胆だ」
訐くという言葉が、突然恐ろしい響ひびきをもって、私の耳を打った。私は今私の前に坐すわっている
「あなたは本当に真面目なんですか」と先生が念を押した。「私は過去の因果いんがで、人を疑うたぐり
ている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたははらの底から真面目ですか
私の声は顫えた。
。聞かない方が増ましかも知れませんよ。それから、――今は話せないんだから、そのつもりでいて下さ
私の論文は自分が評価していたほどに、教授の眼にはよく見えなかったらしい。それでも私は予定通り
れた自分の身体からだを持て余した。しばらく立っているうちに手に持ったハンケチがぐしょぐしょにな
ぐるぐる巻いた卒業証書の穴から、見えるだけの世の中を見渡した。それからその卒業証書を机の上に放
味のあるような、また意味のないような変な紙に思われた。
食卓は約束通り座敷の縁えん近くに据えられてあった。模様の織り出された厚い糊のりの硬こわい卓布
れが必ず洗濯したての真白まっしろなものに限られていた。
こういわれてみると、なるほど先生は潔癖であった。書斎なども実に整然きちりと片付いていた。無頓
しないようですよ」と答えた事があった。それを傍そばに聞いていた先生は、「本当をいうと、私は精神
意味か、私には解わからなかった。奥さんにも能よく通じないらしかった。
「お目出とう」といって、先生が私のために杯さかずきを上げてくれた。私はこの盃さかずきに対してそ
そそる浮々うきうきした調子を帯びていなかった。先生は笑って杯さかずきを上げた。私はその笑いのう
っていた。
「先生の卒業証書はどうしました」と私が聞いた。
卒業証書の在処ありどころは二人ともよく知らなかった。
飯めしになった時、奥さんは傍そばに坐すわっている下女げじょを次へ立たせて、自分で給仕きゅうじ
わたくしも窮屈を感じたが、度数の重なるにつけ、茶碗ちゃわんを奥さんの前へ出すのが、何でもなくな
奥さんの方でも思い切って遠慮のない事をいうことがあった。しかしその日は、時候が時候なので、そ
「小食になったんじゃありません。暑いんで食われないんです」
用のない奥さんには、手製のアイスクリームを客に振舞ふるまうだけの余裕があると見えた。私はそれ
らして、敷居際しきいぎわで背中を障子しょうじに靠もたせていた。
役人やくにん？」とまた聞かれた。私も先生も笑い出した。
から、選択に困る訳だと思います」
私の友達には卒業しない前から、中学教師の口を探している人があった。私は腹の中で奥さんのいう事
「碌ろくなかぶれ方をして下さらないのね」
てもらってお置きなさい。それでないと決して油断はならない」
の底で繰り返した。それは強いばかりでなく、むしろ凄すごい言葉であった。けれども事実を知らない私
「何だってそんな事をお聞きになるの」
「教えて上げるほどないからでしょう」
先生は庭の方を向いて、澄まして烟草タバコを吹かしていた。相手は自然奥さんでなければならなかっ
―そりゃどうでも宜いいとして、あなたはこれから何か為なさらなくっちゃ本当にいけませんよ。先生の
先生はちょっと顔だけ向け直して、奥さんの言葉を否定した。
私わたくしはその夜十時過ぎに先生の家を辞した。二、三日うちに帰国するはずになっていたので、座
「また当分お目にかかれませんから」
て送ろうとも考えていなかった。私には位置を求めるための貴重な時間というものがなかった。
ぶん暑そうだから。行ったらまた絵端書えはがきでも送って上げましょう」
「何まだ行くとも行かないとも極きめていやしないんです」
らいに考えていた。
尿毒症という言葉も意味も私には解わからなかった。この前の冬休みに国で医者と会見した時に、私は
きりよ、あなた。笑い事じゃないわ」
「そう思い切りよく考えれば、それまでですけれども」
すると先生が突然奥さんの方を向いた。
「なぜでもない、ただ聞いてみるのさ。それとも己おれの方がお前より前に片付くかな。大抵世間じゃ旦
「だから先へ死ぬという理屈なのかね。すると己もお前より先にあの世へ行かなくっちゃならない事にな
「先かな」
「しかしもしおれの方が先へ行くとするね。そうしたらお前どうする」
しかった。けれども再び顔をあげた時は、もう気分を更かえていた。
私わたくしは立て掛けた腰をまたおろして、話の区切りの付くまで二人の相手になっていた。
ただ笑っていた。
がないわ。先生のお父とうさんやお母さんなんか、ほとんど同おんなじよ、あなた、亡くなったのが」
この知識は私にとって新しいものであった。私は不思議に思った。
「そんな話はお止よしよ。つまらないから」
奥さんは笑い出した。
「どうも有難う。けれども横文字の本なんか貰もらっても仕様がないわね」
先生はいくらともいわなかった。けれども先生の話は、容易に自分の死という遠い問題を離れなかった
「おれが死んだら、おれが死んだらって、まあ何遍なんべんおっしゃるの。後生ごしょうだからもう好い
先生は庭の方を向いて笑った。しかしそれぎり奥さんの厭いやがる事をいわなくなった。私もあまり長
「また九月に」と先生がいった。
、三歩動き出しながら、黒ずんだ葉に被おおわれているその梢こずえを見て、来たるべき秋の花と香を想
思いを馳はせた時、今まで格子の間から射さしていた玄関の電燈がふっと消えた。先生夫婦はそれぎり奥
袋にくつろぎを与える必要もあったので、ただ賑にぎやかな町の方へ歩いて行った。町はまだ宵の口であ
「陷のつくり＋炎」、第3水準1-87-64)きえんを聞かされた。私の下宿へ帰ったのは十二時過ぎ
三十六
けた時は何でもないように考えていたのが、いざとなると大変臆劫おっくうに感ぜられた。私は電車の中
私はこの一夏ひとなつを無為に過ごす気はなかった。国へ帰ってからの日程というようなものをあらか
隅まで一冊ずつ点検して行った。
わめて不定であった。安かろうと思って聞くと、非常に高かったり、高かろうと考えて、聞かずにいると
ったかを悔いた。
卒業したら新しい鞄を買って、そのなかに一切いっさいの土産みやげものを入れて帰るようにと、わざわ
私は暇乞いとまごいをする時先生夫婦に述べた通り、それから三日目の汽車で東京を立って国へ帰った
像して気の毒に思った。そのくらいだから私は心のどこかで、父はすでに亡くなるべきものと覚悟してい
度顔だけでも見に帰ったらどうだとまで書いた。その上年寄が二人ぎりで田舎にいるのは定さだめて心細
私はそうした矛盾を汽車の中で考えた。考えているうちに自分が自分に気の変りやすい軽薄もののよう
「どっちが先へ死ぬだろう」
らば、先生はどうするだろう。奥さんはどうするだろう。先生も奥さんも、今のような態度でいるより外
宅うちへ帰って案外に思ったのは、父の元気がこの前見た時と大して変っていない事であった。
から」
。
「卒業ができてまあ結構だ」
れながら、腹の底でけなしている先生の方が、それほどにもないものを珍しそうに嬉うれしがる父よりも
「大学ぐらい卒業したって、それほど結構でもありません。卒業するものは毎年何百人だってあります」
少し意味があるんだ。それがお前に解わかっていてくれさえすれば、……」
った時、ことによるともう三月みつきか四月よつきぐらいなものだろうと思っていたのさ。それがどうい
してくれるよりも、丈夫なうちに学校を出てくれる方が親の身になれば嬉うれしいだろうじゃないか。大
取ってより、このおれに取って結構なんだ。解ったかい」
卒業が父の心にどのくらい響くかも考えずにいた私は全く愚おろかものであった。私は鞄かばんの中から
「こんなものは巻いたなり手に持って来るものだ」
ような正面へ証書を置いた。いつもの私ならすぐ何とかいうはずであったが、その時の私はまるで平生へ
。適当な位置に置かれるや否いなや、すぐ己おのれに自然な勢いきおいを得て倒れようとした。
私わたくしは母を蔭かげへ呼んで父の病状を尋ねた。
「もう何ともないようだよ。大方おおかた好くおなりなんだろう」
に心配したものを、と私は心のうちで独り異いな感じを抱いだいた。
ものが、今までしゃんしゃんしているんだからね。お母さんも始めのうちは心配して、なるべく動かさな
」
えてみると、満更まんざら母ばかり責める気にもなれなかった。「しかし傍はたでも少しは注意しなくっ
に過ぎなかった。母は別に感動した様子も見せなかった。ただ「へえ、やっぱり同おんなじ病気でね。お
じめに聞いてくれた。「もっともだ。お前のいう通りだ。けれども、己おれの身体からだは必竟ひっきょ
「でも、あれでお父さんは自分でちゃんと覚悟だけはしているんですよ。今度私が卒業して帰ったのを大
「そりゃ、お前、口でこそそうおいいだけれどもね。お腹なかのなかではまだ大丈夫だと思ってお出いで
「まだまだ十年も二十年も生きる気でお出のだよ。もっとも時々はわたしにも心細いような事をおいいだ
私は急に父がいなくなって母一人が取り残された時の、古い広い田舎家いなかやを想像して見た。この
を眼の前に置いて、先生の注意――父の丈夫でいるうちに、分けて貰もらうものは、分けて貰って置けと
ぬ死ぬっていいながら、これから先まだ何年生きなさるか分るまいよ。それよりか黙ってる丈夫の人の方
私わたくしのために赤い飯めしを炊たいて客をするという相談が父と母の間に起った。私は帰った当日
た。
何か事があれば好いいといった風ふうの人ばかり揃そろっていた。私は子供の時から彼らの席に侍じする
。それで私はただあまり仰山だからとばかり主張した。
母は私が大学を卒業したのを、ちょうど嫁でも貰もらったと同じ程度に、重く見ているらしかった。
通りにならないと、すぐ何とかいいたがる人々であった。
「お父さんの顔もあるんだから」と母がまた付け加えた。
ご主意しゅいなら、そりゃまた別です。あなたがたに不利益な事を私が強いて主張したって仕方がありま
父は苦い顔をした。
母はこうなると女だけにしどろもどろな事をいった。その代り口数からいうと、父と私を二人寄せても
父はただこれだけしかいわなかった。しかし私はこの簡単な一句のうちに、父が平生へいぜいから私に
父はその夜よまた気を更かえて、客を呼ぶなら何日いつにするかと私の都合を聞いた。都合の好いいも
上招待しょうだいの日取りを極きめた。
経てようやく纏まとまろうとした私の卒業祝いを、塵ちりのごとくに吹き払った。
小勢こぜいな人数にんずには広過ぎる古い家がひっそりしている中に、私わたくしは行李こうりを解い
で、遠く走る電車の音を耳にしながら、頁ページを一枚一枚にまくって行く方が、気に張りがあって心持
を貪むさぼる事もあった。眼が覚めると、蝉せみの声を聞いた。うつつから続いているようなその声は、
私は筆を執とって友達のだれかれに短い端書はがきまたは長い手紙を書いた。その友達のあるものは東
うようなものを題目にして書き綴つづったのを送る事にした。私はそれを封じる時、先生ははたしてまだ
あの人は何ですかと尋ねたら、先生は何と見えますかと聞き返した。私はその人を先生の親類と思い違え
ない奥さんの方の親戚しんせきであった。私は先生に郵便を出す時、ふと幅の細い帯を楽に後ろで結んで
た。そのくせその手紙のうちにはこれというほどの必要の事も書いてないのを、私は能よく承知していた
父はこの前の冬に帰って来た時ほど将棋しょうぎを差したがらなくなった。将棋盤はほこりの溜たまっ
わざ私のいる所へ持って来てくれた。
「勿体もったいない話だが、天子さまのご病気も、お父さんのとまあ似たものだろうな」
「しかし大丈夫だろう。おれのような下くだらないものでも、まだこうしていられるくらいだから」
「お父さんは本当に病気を怖こわがってるんですよ。お母さんのおっしゃるように、十年も二十年も生き
「ちょっとまた将棋でも差すように勧めてご覧な」
五
自然と閑却かんきゃくされるようになった。私は黒い煤すすけた棚の上に載のっているその帽子を眺なが
気が起った。私は父の健康についてよく母と話し合った。
「気じゃない。本当に身体からだが悪かないんでしょうか。どうも気分より健康の方が悪くなって行くら
「今年の夏はお前も詰つまらなかろう。せっかく卒業したのに、お祝いもして上げる事ができず、お父さ
私が帰ったのは七月の五、六日で、父や母が私の卒業を祝うために客を呼ぼうといいだしたのは、それ
たも同じ事であったが、私を理解しない母は少しもそこに気が付いていないらしかった。
父はその後あとをいわなかった。
ない空気のなかにだらりと下がった。私の宅うちの古い門の屋根は藁わらで葺ふいてあった。雨や風に打
なかに染め出した赤い日の丸の色とを眺ながめた。それが薄汚ない屋根の藁に映るのも眺めた。私はかつ
せるのが恥ずかしくもあった。
に集められた。私はその黒いなりに動かなければ仕末のつかなくなった都会の、不安でざわざわしている
命を、眼めの前に控えているのだとは固もとより気が付かなかった。
いう事を書いても仕方がないとも思ったし、前例に徴ちょうしてみると、とても返事をくれそうになかっ
八月の半なかばごろになって、私わたくしはある朋友ほうゆうから手紙を受け取った。その中に地方の
で、余った方を私に譲る気で、わざわざ知らせて来てくれたのであった。私はすぐ返事を出して断った。
私は返事を出した後で、父と母にその話をした。二人とも私の断った事に異存はないようであった。
、不相当な地位と収入とを卒業したての私から期待しているらしかったのである。
「しかし卒業した以上は、少なくとも独立してやって行ってくれなくっちゃこっちも困る。人からあなた
父は渋面しゅうめんをつくった。父の考えは、古く住み慣れた郷里から外へ出る事を知らなかった。そ
したての私を片付けたかったのである。広い都を根拠地として考えている私は、父や母から見ると、まる
だしい父と母の前に黙然もくねんとしていた。
うちに早く財産を分けて貰えと勧める人であった。卒業したから、地位の周旋をしてやろうという人では
「何にもしていないんです」と私が答えた。
「何もしていないというのは、またどういう訳かね。お前がそれほど尊敬するくらいな人なら何かやって
て働いている。必竟ひっきょうやくざだから遊んでいるのだと結論しているらしかった。
「お前のいうような偉い方なら、きっと何か口を探して下さるよ。頼んでご覧なのかい」と母が聞いた。
七
す質たちでもなかった。医者の方でもまた遠慮して何ともいわなかった。
「小供こどもに学問をさせるのも、好よし悪あしだね。せっかく修業をさせると、その小供は決して宅う
固くした。こういう子を育てた父の愚痴ぐちはもとより不合理ではなかった。永年住み古した田舎家いな
わが家いえは動かす事のできないものと父は信じ切っていた。その中に住む母もまた命のある間は、動
いって、私を強しいたがる父の頭には矛盾があった。私はその矛盾をおかしく思ったと同時に、そのお蔭
。私は先生に手紙を書いて、家の事情を精くわしく述べた。もし自分の力でできる事があったら何でもす
かし私は先生からこの手紙に対する返事がきっと来るだろうと思って書いた。
母は私の想像したごとくそれを読まなかった。
「しかし手紙じゃ用は足りませんよ。どうせ、九月にでもなって、私が東京へ出てからでなくっちゃ」
「ええ。とにかく返事は来るに極きまってますから、そうしたらまたお話ししましょう」
「大方おおかたどこかへ避暑にでも行っているんでしょう」
度を弁護しなければ不安になった。
の忠告通り財産分配の事を父にいい出す機会を得ずに過ぎた。
九月始めになって、私わたくしはいよいよまた東京へ出ようとした。私は父に向かって当分今まで通り
「ここにこうしていたって、あなたのおっしゃる通りの地位が得られるものじゃないですから」
私は心のうちで、その口は到底私の頭の上に落ちて来ないと思っていた。けれども事情にうとい父はま
当の地位を得え次第独立しなくっちゃ。元来学校を出た以上、出たあくる日から他ひとの世話になんぞな
父はこの外ほかにもまだ色々の小言こごとをいった。その中には、「昔の親は子に食わせてもらったの
早いだけが好よかった。
その時の私は父の前に存外ぞんがいおとなしかった。私はなるべく父の機嫌に逆らわずに、田舎いなか
れも身体からださえ達者なら好いいが、この様子じゃいつ急にどんな事がないともいえないよ」
た。その声はこの間中あいだじゅう聞いたのと違って、つくつく法師ぼうしの声であった。私は夏郷里に
時にはいつも動かずに、一人で一人を見詰めていた。
びしそうな父の態度と言葉を繰り返しながら、手紙を出しても返事を寄こさない先生の事をまた憶おもい
私はほとんど父のすべても知り尽つくしていた。もし父を離れるとすれば、情合じょうあいの上に親子
て、明るい所まで行かなければ気が済まなかった。先生と関係の絶えるのは私にとって大いな苦痛であっ
九
はまた突然引ひっ繰くり返かえった。私はその時書物や衣類を詰めた行李こうりをからげていた。父は風
いった。念のために枕元まくらもとに坐すわって、濡手拭ぬれてぬぐいで父の頭を冷ひやしていた私は、
した。
た通りまあ大丈夫であった。私は今度もあるいはそうなるかも知れないと思った。しかし医者はただ用心
「もう少し様子を見てからにしましょうか」と私は母に相談した。
るとまた必要以上に心配したり気を揉もんだりした。
「おれのためにかい」と父が聞き返した。
「気の毒だね」といって、庭の方を向いた。
た。
「どうしたものだろうね」と母が父に聞こえないような小さな声で私にいった。母の顔はいかにも心細そ
は不断よりも進んだ。傍はたのものが、注意しても容易にいう事を聞かなかった。
られる都には住んでいなかったのである。夜よに入いってかき餅もちなどを焼いてもらってぼりぼり噛か
母は失望していいところにかえって頼みを置いた。そのくせ病気の時にしか使わない渇くという昔風の
というのが重おもな理由であったが、母や私が、食べたいだけ物を食べさせないという不平を訴えるのも
十
てで出した。妹いもとへは母から出させた。私は腹の中で、おそらくこれが父の健康に関して二人へやる
兄は忙しい職にいた。妹は妊娠中であった。だから父の危険が眼の前に逼せまらないうちに呼び寄せる
「そう判然はっきりした事になると私にも分りません。しかし危険はいつ来るか分らないという事だけは
、町の病院から看護婦を一人頼む事にした。父は枕元まくらもとへ来て挨拶あいさつする白い服を着た女
には気が付かなかった。
母は仕方なしに「その時は私もいっしょに伴つれて行って頂きましょう」などと調子を合せていた。
私はこの「おれが死んだら」という言葉に一種の記憶をもっていた。東京を立つ時、先生が奥さんに向
死んだら」は単純な仮定であった。今私が聞くのはいつ起るか分らない事実であった。私は先生に対する
りませんか。お母さんといっしょに。今度いらっしゃるときっと吃驚びっくりしますよ、変っているんで
いといっていいくらいです」
る代る見舞に来た。中には比較的遠くにいて平生へいぜい疎遠なものもあった。「どうかと思ったら、こ
始めた。
立つという報知しらせがあった。妹はこの前懐妊かいにんした時に流産したので、今度こそは癖にならな
こうした落ち付きのない間にも、私わたくしはまだ静かに坐すわる余裕をもっていた。偶たまには書物
東京を立つ時、心のうちで極きめた、この夏中の日課を顧みた。私のやった事はこの日課の三さんが一い
おさえ付けられた。
然異なった二人の面影を眺ながめた。
「少し午眠ひるねでもおしよ。お前もさぞ草臥くたびれるだろう」
「お父さんは？」と私が聞いた。
「先生からまだ何ともいって来ないかい」と聞いた。
あざむいたと同じ結果に陥った。
。けれどもこういう用件で先生にせまるのは私の苦痛であった。私は父に叱しかられたり、母の機嫌を損
「手紙を書くのは訳はないですが、こういう事は郵便じゃとても埒らちは明きませんよ。どうしても自分
「だから出やしません。癒なおるとも癒らないとも片付かないうちは、ちゃんとこうしているつもりです
東京へなんか行けるものかね」
るごとくに、母も眼の前の病人を忘れて、外ほかの事を考えるだけ、胸に空地すきまがあるのかしらと疑
ね。この様子じゃ、とても間に合わないかも知れないけれども、それにしても、まだああやって口も慥た
兄が帰って来た時、父は寝ながら新聞を読んでいた。父は平生へいぜいから何を措おいても新聞だけに
「そういう元気なら結構なものだ。よっぽど悪いかと思って来たら、大変好いいようじゃありませんか」
「新聞なんか読ましちゃいけなかないか」
のために、平生よりはよっぽど鈍にぶっているように観察したらしい。
兄と前後して着いた妹いもとの夫の意見は、我々よりもよほど楽観的であった。父は彼に向かって妹の
ら赤ん坊の顔でも見に、久しぶりにこっちから出掛けるから差支さしつかえない」ともいっていた。
何事も知らない私たちはこの突然な言葉に驚かされた。
その頃ころの新聞は実際田舎いなかものには日ごとに待ち受けられるような記事ばかりあった。私は父
をしたその夫人の姿を忘れる事ができなかった。
事件であった。それを受け取った母は、はたして驚いたような様子をして、わざわざ私を人のいない所へ
電報にはちょっと会いたいが来られるかという意味が簡単に書いてあった。私は首を傾けた。
もとの夫まで呼び寄せた私が、父の病気を打遣うちやって、東京へ行く訳には行かなかった。私は母と相
の日のうちに認したためて郵便で出した。頼んだ位地の事とばかり信じ切った母は、「本当に間まの悪い
十三
うと考えていた。すると手紙を出して二日目にまた電報が私宛あてで届いた。それには来ないでもよろし
母はどこまでも先生が私のために衣食の口を周旋してくれるものとばかり解釈しているらしかった。私
「とにかく私の手紙はまだ向うへ着いていないはずだから、この電報はその前に出したものに違いないで
答えた。私の手紙を読まない前に、先生がこの電報を打ったという事が、先生を解釈する上において、何
について話をする機会がなかった。二人の医者は立ち合いの上、病人に浣腸かんちょうなどをして帰って
癖な父は、最初の間こそ甚はなはだしくそれを忌いみ嫌ったが、身体からだが利きかないので、やむを得
のものが眉まゆを寄せるのに、当人はかえって平気でいたりした。もっとも尿の量は病気の性質として、
た。枕まくらの傍そばにある老眼鏡ろうがんきょうは、いつまでも黒い鞘さやに納められたままであった
「作さんよく来てくれた。作さんは丈夫で羨うらやましいね。己おれはもう駄目だめだ」
事だよ。達者だって何の楽しみもないじゃないか」
いる母は、それに釣り込まれたのか、病人に気力を付けるためか、先生から電報のきた事を、あたかも私
「そりゃ結構です」と妹いもとの夫もいった。
父の病気は最後の一撃を待つ間際まぎわまで進んで来て、そこでしばらく躊躇ちゅうちょするようにみ
父は傍はたのものを辛つらくするほどの苦痛をどこにも感じていなかった。その点になると看病はむし
るような声を微かすかに聞いたと思い誤った私わたくしは、一遍ぺん半夜よなかに床を抜け出して、念の
のように静かにしていた。私は忍び足でまた自分の寝床へ帰った。
「関せきさんも気の毒だね。ああ幾日も引っ張られて帰れなくっちゃあ」
も兄さんの方が困るでしょう、こう長くなっちゃ」
いう考えがあった。どうせ助からないものならばという考えもあった。我々は子として親の死ぬのを待っ
「お父さんは、まだ治る気でいるようだな」と兄が私にいった。
分の病気が治ったらというような事も時々付け加えた。
しいて廻まわる父の態度も、にがにがしく私の眼に映った。
にいる時分の私は、ことに先生に接触した私は、遠くから兄を眺ながめて、常に動物的だと思っていた。
「一体家うちの財産はどうなってるんだろう」
母はまた母で先生の返事の来るのを苦にしていた。
十五
「こないだ話したじゃないか」と私わたくしは答えた。私は自分で質問をしておきながら、すぐ他ひとの
兄は必竟ひっきょう聞いても解わからないというのであった。私から見ればなにも無理に先生を兄に理
くとも大学の教授ぐらいだろうと推察していた。名もない人、何もしていない人、それがどこに価値をも
まらん人間に限るといった風ふうの口吻こうふんを洩もらした。
私は兄に向かって、自分の使っているイゴイストという言葉の意味がよく解わかるかと聞き返してやり
兄は後からこんな事をいった。先生から明瞭めいりょうな手紙の来ない以上、私はそう信ずる事もでき
なく、先生の手紙を待ち受けた。そうしてその手紙に、どうかみんなの考えているような衣食の口の事が
おじだの叔母おばだのの手前、私のちっとも頓着とんじゃくしていない事に、神経を悩まさなければなら
して長く寝ているんだから胃も悪くなるはずだね」といった母の顔を見て、何も知らないその人の前に涙
事を聞いたかという意味であった。私には説明を待たないでもその意味がよく解っていた。
「お母さん一人じゃ、どうする事もできないだろう」と兄がまたいった。兄は私を土の臭においを嗅かい
う」
から仕事をしようという気が充みち満みちていた。
「お母さんがここを動くか動かないかがすでに大きな疑問ですよ」
「乃木大将のぎたいしょうに済まない。実に面目次第めんぼくしだいがない。いえ私もすぐお後あとから
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