モンスターマンは強かったがランバージャックジョニーリーは弱かったような。。。
モンスターマン攻撃のとき格好いいんだけど、猪木にぶちかまされたときの倒れ方が何とも。
「アリのボディガード」という触れ込みだったけど、本人曰く「アリに会ったこともない」w
デイトン戦は好きな試合だ。デイトンの序盤のマウント気味でのパンチとかスリルあった。
猪木が狂ったように頭突き食らわしたのちバックドロップでKOという終わり方も良かった。
デイトン戦は総合格闘家の誰かも「あの試合は好きだ」って言ってたな
モンスターマン戦で猪木がフィニッシュに使ったパワーボム
今見ると衝撃は大した事無いんだけど、
受け身を取った事のない格闘家からすれば怖かったのかな
>>6
その前にロープ際で猪木が放った張り手でほとんど決着ついていたような。 >>6
あれでも猪木は
相手がレスラーじゃないからと
相当気を使って落としたらしい
今見てみるとルスカ戦のバックドロップ3連発も
普段より少しゆっくり投げてる さっき昭和53年の猪木のヨーロッパ遠征について色々調べてたんだけど
この遠征で猪木はボック、ルスカの他、国際プロレスに参加したジャック・デ・ラサルテス
とも何回か闘ったのな。
国際に来た時は地味な扱いだったけど、この猪木との連戦で再評価され、ボックと一緒に
新日本に来日して、日本で猪木と闘ったら、更に評価高まったのかな。
連投スマソ
後vsヘーシンク戦。対戦が決まっていながらヘーシンクが逃げた?為、急遽ルスカ戦に変更されたみたいだけど
逆に猪木と「あの」ヘーシンクが闘ったらどんな試合になるのか、凄く興味ある。
>>6
雪国だから冬は雪の上で技の掛け合いをしたけど、
パワーボムが1番怖かった。バックドロップやブレンバスターはなんとなく予測かつくけど
パワーボムは訳の分からないうちにドスン、だったなぁ。 ルスカにはバックドロップ、モンスターマンはパワーボム、
で、ウェプナーにはボストンクラブで決めたがいずれもプロレス技ってのが
猪木の格闘技戦のこだわりだったんだろうか。
テーズのバックドロップは、柔道の裏投げとグレコローマンの反り投げを合わせたものと言われてるね。
講道館柔道と対戦経験があるアド・サンテルがテーズの師匠の一人なんだよね。
テーズのバックドロップ、脇の下頭を入れて固定するのは柔道の裏投げの影響が強いんじゃないかな。
相手にヘッドロックされるのか、自分から脇の下に頭を入れるのかでだいぶ違うよな。
テーズは敢えて自分からヘッドロックをかけると、相手がヘッドロックで返してくるので、そのときがバックドロップの絶好のタイミングだと流智美のインタビューで語ってた。
バックドロップのための誘い水のヘッドロックw
「結構うまくいくんだよ」と言い張ってたw
>>18
村松友視も書いてたね
人間には、やられた同じことをやり返す習性があって
それを利用してヘッドロックをかけ、やりかえしてきた相手に
バックドロップを仕掛けるってテーズが語ってたって。 >>12
後のUや総合で頻繁に見られるような関節技でない所が逆にいい。 昔からガチっぽく見えたのはペールワン戦だな。
プロレス技を出さないで寝技ばかりで最後に、折ったぞ!って言うところ。
高橋本でガチと書かれて納得した。
明らかに他の試合と違うから。
テーズは腕も足もなかなかとらせないのじゃよ
相手がイライラしてきたところで首を差し出すので、
みんなヘッドロックにとってしまうのじゃ
>>21
よゐこ濱口の「獲ったどーーー!」の元ネタが
猪木のペールワン戦だと知ってる層はどれくらいいるんだろうな… >>21
前田ーマシーンでも最後に前田が『折った』と言ってアピールしてた。
あれもパクリだったか。 シンにアームブリーカーやった時と全然違うからな
シンは勿論折れてない
まあペールワンも折れるというか外れただけみたいだが
まあせいぜい靱帯損傷や脱臼でしょ。
つか飛び道具の自爆とかアクシデントならともかく、技決めて骨折って骨粗しょう症かよ、、と。
体の一部を「折る」ってフレーズにだいぶ躍らされたよな。
サンマルチノの首をハンセンが折ったって子供の時に聞いて、文字通り首が二つに折れたかと思ってゾッとしたが、正確には頸椎捻挫だよな。
キラーカーンがアンドレの足折ったのは本当に骨折なんだっけ?
実際はカーンが折ったんじゃなくてアンドレの不注意だったみたいね。
アンドレのはヒビじゃなかったかな。
あの巨体だからヒビ入っただけでも大ごとだろうが。
>>31
ソースは今となっては不明だが、モンスターマンへのパイルドライバーは手加減というのは昔は良く聞いたよ。 >>32
誰が見ても手加減してたからねぇ。長身すぎるのもあって、頭がマットに着いた状態からギュッと押し込んだみたいなw
でも猪木が言わない以上は誰かの感想だろね でも雰囲気は最高だったねモンスターマン。
あの頃にビデオがあったら誰もが怪しいと思っちゃう下手くそでオーバーリアクションな倒れ方してたけど
本職は何だったんだろ。キックボクシングにしろ打ち合いをできるようなイメージが湧かないよね
正真正銘プロボクサーなのにあんなスリリングな試合を
やってのけたウェッブナーはすごい
もちろん猪木のセルはあるが、それに乗れるのも才能
さすがロッキーのモデル
>>29
カーンの自伝によると、双方了承した上での足折りアングルで盛り上がったのは良いけど
アンドレのファンから憎まれて刃物で突かれたり大変だったらしい
アンドレは日本でも人気があったけど、海外だとベビーフェース人気なのが信じられないよな
あんなデカくて圧倒的に相手を叩き潰すプロレスをしてベビー人気と言うのが…
日本人は判官贔屓という気質があるからか、大人が子供をイジメてるような試合で
アンドレを応援できるのかなぁと >>9
ジャック・デ・ラサルテスとかクラウス・ワラスとかは
むしろ猪木戦でボックが有名になる前から
ちょっとマニアックなファンには欧州の強豪として
名前だけ知られてるってかんじだった記憶がある モンスターマン戦、フィニッシュのレッグドロップが良かった。
欧州シリーズだと猪木はボックとクリス・テイラーにも勝ってる
デートリッヒともやってるんだよね?ボックより凄いスープレックスだとか
>>34
G-スピリッツのインタビューでは高校時代はアマレスの経験もあって地区大会で優勝してるとか
空手のキャリアは16歳のからカンフーから韓国のタンスドーと移っていったとの事
キックボクシングと並行してケン・ノートンのジムでボクシングの練習もしていた
当時は現地ではプロフェッショナルカラテと呼ばれていたマーシャルアーツではない
新日での一連の格闘技戦以外ではカナダで現役ボクサーのホースト・ガイスラーと対戦しKO負け(本人曰くリアルファイト)
猪木戦のファイトマネーは1万ドル(当時で240万)本人はコンテスト(競技試合)ではなくエキシビジョンという認識
キックボクサーとして1982年まで現役を続けた
同じく猪木と格闘技戦をやったザ・ランバージャック ジョニー・リーも同門 言わばK1ファイターのルーツなんだなw >モンスターマン
でもいずれにしろ、異種格闘技戦のルールというかブックというかw、お互いの技術(力量)や
度量のバランスをとるのは苦労したかもね。 まあほとんどは猪木が勝ってるから
最後はそれに合わせりゃいいんだけど、相手は「プロレス」どこまで解ってるか。。
アリなんかはもうマジな試合として成り立たないと予見してのあの雁字搦めルールだったろうし。
小猪木「ザ・モンスターマンにとどめを刺すアントニオ猪木」
ど忘れして思い出せない外人レスラーの名前を教えてください
・黒人レスラーで手足が異様に長かったイメージ
・新日本に来てるはず
・猪木vsアリ戦の交渉に関与?
・ちょっと長い名前だった気が・・・(違うかも)
だあれ?
Edward "Bearcat" Wright じゃないかな?
>>44
>>45
あーすっきりしました
ありがとーーん
思い出そうとしてもジャンクヤードドッグばかり出てきて
もやもやしてました
年とるといかんな
猪木を散々苦しめたペドロ・モラレスって肌の色が黒かったけど
南米出身って黒人扱いしちゃいけないんだっけ >>47
モラレスはプエルトリコ出身でカルロス・コロンのWWCで仕事のオファーが
あってもバックにマフィアがいるから断ってたという >>39
なんでテイラー?
1972年には既にプロレスからリタイヤしてたと思うけど。 ヨーロッパマットの固さとラウンド制は普通の日本(アメリカ)の形式に見慣れた自分には
違和感というか、異質に見えたな。ラウンド制だと膠着状態から大技合戦や、
技受けまくってからの反撃、あと場外乱闘とかプロレス特有のセオリー的な流れ、
醍醐味をそぐ形式じゃないかとか。
新幹線の殺人犯を取り押さえようとした男性は羽交い締めにしたそうだが、これに対して無意味という意見が多い。
果たして羽交い締めは効果がないのか?
羽交い締めにどのようなプラスアルファをすれば効果的か?
ストロングスタイルの新日ファンの皆さん教えてください。
そりゃドラゴンスープレックスで投げれば良かったんだよ
羽交い締めのまま壁に押し(叩き)付けるか、そのまま前傾姿勢になってしゃがみこむ。
押さえながらうつ伏せにして膝でどちらかの肩を固定、顔を横に向けて頬骨のあたりを踏みつけとけばいいんじゃね?
犯人はナタを持っている。
羽交い締めにして首を前方へ強く押し付けながら首筋に思いっきり噛みついたらナタを離すだろう。
そして床に尻餅つかせて羽交い締めのままエビ固めに全体重をかけて制圧する。
エビ固めに決めた後、指を3本立てて3カウント入ったのか、自分がフォールしたのか周囲に確認する。
パテラが羽交い絞めにするとみせかけて
一緒にいたマサさんがボコる
正直言って、抑えようと近づいて行っても、
ナタを野球のピッチャーのように振りかぶらたら、腕でガードしてもくだけると思う。
俺なら近づかない。
その後の報道では、被害者の男性は羽交い絞めにしたのではなく、女性を追っかける犯人の前に立ちふさがった、となってるよ。
正面から取り押さえるには、やはり毒霧攻撃がとっさには有効かもしれない。
>>65
いやヌンチャクで叩き落とすのが1番だな。 >>65
自己レスですまん。犯人はメガネかけてたから毒霧は無駄だな。 ダウンロード&関連動画>>
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@YouTube
アンドレ、キャリア末期のヒーナンを従えてのヒール時代。そしてスタッドはベビーw。
以前はAWAやWWFでニック、パテラら悪党軍団率いるマネジャーの「ザ・ブレーン」ヒーナンと共闘したスタッド。
皮肉な構図だ。。 北朝鮮のニュースが世間を賑わせてる割には
猪木が出てこないな
もしかして具合でも悪いのか
猪木のパイプが及ばないレベルの外交なんでしょ
猪木はしょっちゅう北朝鮮行ってるけどカリアゲと直接会談したりはあるんだっけ?
バカかよ
トップ同士が直接会談してんだぞ
猪木ごときに口挟む余地なんかあるわけねえだろ
ボツになった異種格闘技戦が有ったよね?まあ、ボツと言うか名乗りをあげただけだったのかもしれないけど。
確か、テレビで対戦予定相手のデモンストレーションVが流れたのを覚えてる。
モハメド・ハシム、ハシムド・モハメドか。猪木対ブッチャーのとき、ブッチャーのセコンドにいたよね。
梶原一騎の伝手で来た空手家だっけ。猪木と梶原の仲がこじれて流れたけど。
ブッチャーとハシムがジムで空手のスパーリングするグラビア記事が載ったのにもったいなかったな。
>>38
たとえプロレス技でもいつもは使わない技で仕留めたりするからプレミア感も増すんだよな >>75 >>79-80
ハシームド・モハメッド(古舘風の発音)は身長こそあったけど
後のニールセンを更に細くした様な体型だったから仮に猪木戦が実現してもあまり噛み合わない試合になってたんじゃないのかな 猪木xブッチャーの乱闘の際に、下手なパンチを猪木に入れてたハシム....
パンチ一つで木偶の坊が分かった
実際に実現に動いてたか知らないけど
アリとの再戦の話って54年頃まで引っ張ってたよね
この頃は妄想を含めて猪木の相手にいろいろな想像ができて夢があった
>>79
猪木の延髄切りに片手でロープをつかんで目をつぶってゆっくり腰を下げてくブッチャー最高w ウォッチマンってゲームウォッチの二番煎じみたいな腕時計型のゲーム機にプロレスがあったけど、登場キャラクターが猪木とブッチャーそのものだった。
猪木キャラがブッチャーキャラにひたすらドロップキックするだけ。ミスすると毒針エルボー食らう。
ブッチャーが新日本に参戦してた1982年ごろに発売されて、アゴ&金造がCMやってた。
IWGP
International Wrestling Grand Prixは後付け。
Inoki win Giant pinfall で猪木優勝が当初の構想。
格闘技世界一戦でアンドレに勝ったのって
レフェリーストップとドクターストップのどっちだっけ
誰だかわからんのが二人いる
永源と小鉄、長州とヒロの間にいる奴 >>93
長州とヒロの間は保永じゃない?
永源と小鉄の間はヒロのドッペルゲンガーだな >>37
ラサルテスは国際に来日してる
それも同時期来日のカーペンティアと並ぶシリーズの目玉として
「タイガーマスク」のキャラ、アーティスト系ファイターのスター・アポロンのキャラ造詣のモデル
でもある
実際にスターみたいな人格してたアーティスト系は一見荒くれ風のゴーディエンコだったけど >>83
ハシムはブルースリーの「死亡遊戯」で最後にリーと戦う超・長身挌闘家役の
カリーム・アブドゥル・ジャバー(本業はNBAの選手)みたいなルックスだったね デイトン戦でのヘッドバット攻撃が功を奏してから気をよくしたのか?、
暫くは猪木の反撃技として多用してたなw
>>99
ヘッドバットだけでなく延髄や後年の“キラー猪木”の代名詞スリーパーとかも
最初はつなぎや反撃技の一つとして使いながら
会場やメディア、ファンの反応を見ながら
その時々の自分のイメージに合ったものを決め技にするセンスが
猪木は特に優れてたと思うね
ゴッチ、テーズ、ロビンソンとやってた時は
日本マット一の本格的なテクニシャン=投げ技の名手として
ジャーマン、バックドロップ、Wアームを使ったり
ハンセンのラリアートのような一撃必殺の打撃技が受けると
それまでラウンドハウスキックと呼んでたジャンピングハイキックを
延髄切りと名付けてフィニッシュ技に昇華したり
晩年は体力は衰えたけど一瞬のキレに凄みを見せるシリアスな達人イメージの
スリーパー(相手の“落ちる”のとセットで)をフィニッシュにしたり
逆に鎌固めや弓矢固めがウケがイマイチと感じたら
早々に決め技のレパートリーから外したリとかのセンス
本人は意識してなかったかもしれないけど、バックランドの人間風車は
投げっぱなしと言っていいほどの豪快さだった まあでも猪木も80年代半ばからめっきり投げ技は使わなくなったな。
延髄やドロップキック、最上段ニードロップあたりの飛び技は腰や首の負担にならないし、
スリーパーもそう。大一番のジャーマンもあまり決まらなかった記憶がある。
アントニオドライバーなんか絶対無理だろうなw
ホーガンとの失神事件を猪木本人が振り返る
数少ないインタビューで
「この頃はもう首がガタガタで持たないんですよね」
と言ってたくらいだから前年手術した膝ともども
結構ガタが来てたんじゃないかな
>>102
バックランドのカテゴリーは技巧派ではなくてパワーファイターだからな。
単にバックボーンにアマレスがあるだけ、スタイナー兄弟と同じ。 >>105
バックランドって初期はジャーマンもわりとよく使うし
Wアームもロビンソンやボックかってかんじに近い
低空で速く最後までリバースネルソン極めてギリギリまでグリップ離さない投げ方
そして投げた後は一旦離れたり立ち上がったりせず
すかさず身体密着させて素早くフォールにのしかかってた
でもレイスなんかとミズーリ州選手権とか争ってるうちに教え込まれたのか
そのうちにアメプロ式のおおきくゆっくり見せる方式になって
NYマットに上がってパワーファイト好きのNYのファン相手にしてそれが完成した アトミック・ドロップはハイアングル過ぎて、相手がコーナー付近まで吹っ飛ぶので
ロープに足が掛かってフォールに結び付かないし、
ドリルアホール・パイルドライバーは物凄いジャンピングで説得力充分なのに
バックランド本人まで力尽きたかのようにしばらくダウンしているので
これまたフォール出来たためしがない
太陽にほえろ!
犯人の似顔絵がターザン山本にしか見えないw
>>107
> ドリルアホール・パイルドライバーは物凄いジャンピングで説得力充分なのに
> バックランド本人まで力尽きたかのようにしばらくダウンしているので
> これまたフォール出来たためしがない
アメリカだとドリルアホール・パイルドライバーって技自体が
ちょっと陰惨なイメージというか基本的にはヒールの使う拷問技・得意技ってことらしい
なのでベビーフェイスはあまり使わなかったり
使ってもフィニッシュホールドにはしないってことだそうな
典型的なベビーのバックランドなんで
パイルドライバーをフィニッシュにはしなかったのもつまりそういうことだったんだと思う 橋本真也がまだ若手の頃バラエティ番組で渡辺徹と並んだことがあったな。
たしかによく似ていたが、このときは渡辺徹のほうが重かったんじゃないか?
>>111
そうだったw
しかし、ラガーの最期は壮絶だった。
暴飲暴食に関しては、橋本も渡辺徹もどっちも負けてなかったろうな。 新日本プロレスのスレで太陽にほえろ!の話題になるとは・・・金曜8時のライバル同士だったな。
ガチガチの新日本ファンは太陽にほえろ!は一度も見なかったのかな?
>>115
消防でプロレス知らなかった頃は見てたよ。アリ戦の頃からプロレスに変わったな。
金八なんか全然後追い(再放送)。ベストテンとかで「たのきん」が出てきたときは
「誰や、こいつら。。」思ってたw >>115
全く見なかった
たまに野球中継でプロレスがない時でも
途中から見る気が起きず見なかった
金八はつい最近、全シリーズまとめてみた 見てなかったなあ。
西部警察は見てたから刑事物は好きだったけど、金曜8時はプロレスだった。
金八は再放送で見た。
あの頃金曜8時が金八や太陽にほえろ!じゃない奴の10時から仕事人観てる率の高さ
>>116
じゃあザ・ベストテンに渡辺徹が出たときも「誰こいつ?」状態だった?
>>120
ハングマンGoGo!に渡辺徹が出たときは「何だこのデブ!」と思った? >>121 >じゃあザ・ベストテンに渡辺徹が出たときも「誰こいつ?」状態だった?
多分、そんな感じだったと思うよw でも、たしか小泉今日子とCM出てたのでそっちで顔は知ったな。
ちなみに、西部警察はリアルで見てないな。日曜夜8時だったっけ? 西遊記とか久米宏のTVスクランブルとかだったな。 ちなみに俺は、実家がド田舎(ぶっちゃけ山の中)で
一時期、テレ朝系列の局が映らず、その期間ずっと太陽にほえろ!見てた。
一番見たかった正規軍vs維新軍見れなかった。
長州がジャパンに移籍して、全日参戦した時はめちゃくちゃ嬉しかったな。
全日中継は見れたので・・。
うちの地域は日曜午後で、
割れたレコードをくっつけるアロンアルファのCM→ワールドプロレスリング
の流れだったから、アロンアルファのCMになると次だ!と思ってドキドキしたなぁ。
俺の地元はワープロは月曜放送だったので太陽にほえろ!も見ることができたが、82年秋にテレビ朝日の系列局が開局した。
幸いテレビが二台あったので二間それぞれのテレビでワープロと太陽を同時視聴するという離れ業(?)をやった。しかし集中力散漫になり数回で断念。
結局対戦カードと次回予告でどちらを見るか二者択一を迫られることとなった。
ビデオで裏録するという手もあったが当時はテープがまだ高かったためできなかった。
新日は70年代にも面白い試合が多かったと思うが
70年代は太陽観てたんだよな・・・
殿下が死んでドック登場と共に太陽も70年代カラーから80年代カラーになった時に、ワープロ観るようになったわ。
ただ、好きだった世良公則がボギーとして太陽に登場してしばらくしたら、太陽に戻った時期もあった。
長州が帰国してかませ犬発言の頃は、ボギーは既にいたけどまだワープロ観てたが83年頃は太陽観てたから
長州の革命軍がいつのまにか維新軍って名前に変わったのは知らなかった。
金八は再放送の後追いだわ
アニマル浜口がプロレス媒体の雑誌で「維新軍は俺と力ちゃんの二人で始めた」という発言が違和感あった
長州が革命軍で景気良かったのを見て、落ち目の木村見捨てて日和ったくせに
なに格好つけてるんだって…
結局集団で正規軍リンチしたりしてて、はぐれ軍団とやってる事変わらんだろって
>>129
> 長州の革命軍がいつのまにか維新軍って名前に変わったのは知らなかった。
いつの間にか呼称が…ってのはあるな
国際軍団も最初はただの国際軍団とか新国際軍団とかだったのが
いつのまにかはぐれ(国際)軍団になって
「はぐれ」って付くとちょっと落ちぶれたかんじが漂ってきて
その頃に維新軍(革命軍?)と対新日正規軍の正ポジションが入れ替わったイメージ
あとハンセンの愛称が「不沈艦」になったのっていつ頃からだっけ?
「ブレーキが壊れたダンプカー」※ダンプでなく重戦車の場合もあり って呼び方が
坂口戦や上田戦の印象と結び付いて個人的にはこっちの方が好きなんだよなあ >>131
79年MSGシリーズあたりで実況(古館?)が「マジソンの不沈艦」っての聞いたことあるな。。
「ブレーキの壊れた・・」ってのはあまり多用されなかったような(字数の問題かw)。
それ以外だと「首折り男」だな。 金八に保健室の先生役(後に金八の妻)役で倍賞美津子が出てた頃って
まだ猪木の嫁さんだった頃なんだよね
呼称といや前田も「新格闘王」だったのが「格闘王」に変わったよな。
そもそも新ということは元祖がいるはずで、これはこれで変なんだが。
>>134
猪木が元祖で、それに対して新だったんだろ。 ブリスコ対馬場のNWA世界戦で山田さんがブリスコのことを「格闘王ですな」と評していたな。
>>133
猪木と美津子の結婚式の媒酌人が裏番組の太陽にほえろのスポンサーである三菱電機の会長だからなw 86年秋になって、ワープロが月曜8時に以降し
太陽とバッティングしなくなって良かったとホッとしたのも、つかの間
翌年に太陽にほえろ!は終了してしまった。
ワープロはワープロで「ギブアップまで待てない!」みたいな変な路線に行き、夕方〜最終的には深夜と以降し
ある意味、テレビの一つの時代が終わった感じがした。
>>137
挙式の時はまだ太陽にほえろ!は始まってないけどね。
三菱電機は日本テレビ金曜夜8時という枠のスポンサーであり、番組がプロレスから太陽にほえろ!に替わっただけのこと。 >>138
さすがにゴールデンでどんどん親日が「凋落」していくのを放映するのも気が引けるだろうしなw
86年10月から金曜8時のテレ朝はミュージックステーションがずっとキープしたままだ。
friendsk.pro.tok2.com/tv/tvsumap.html 倍賞美津子は、猪木と結婚しつつ坂本金八とも劇中結婚し、
のちにはマカロニ刑事と事実婚までするフライデーナイトの大魔女
新日が金曜8時から撤退〜ゴールデン撤退の時期って
テレ朝の変革期でもあったな
ハングマンも必殺もこの時間帯から消えていったのも同時期だった
>>142
ハングマンは顔とも言える名高達男の不祥事で半ば打ち切り(残りを渡辺徹で埋めた)22時台は仕事人に限らずニュースステーション開始のため強制終了。
自主規制もあるが、夜のドラマから裸が消えていったのは実に残念。 >>140
Mステなんて2年くらいで終わると思ってたけどなあ。
そうなってもプロレスが戻ってくるとは全く思わなかったが。 太陽にほえろって石原裕次郎が亡くなってから人気が低迷したのかな?
打ち切り直前は渡哲也が最後のボスだったよな確か
もう今のMステなんて無理に続けるほどの数字もないんだし、思い切って新日に枠を返してもいいのにな
>>146
ゴールデンに拘るなんて、、
金曜8時に地上波観ているのは
年寄りと子供しかいないよww ニックネームで、シンプル過ぎて逆にかっこよかったのは「超人」ハルク・ホーガン
>>143
必殺はニュースステーション開始から2年くらいは枠を維持し続けてた
当初、金曜日のニュースステーションは11時から開始だった >>145
石原裕次郎が亡くなったのは太陽にほえろ!終了から約半年後。
渡哲也は前年に代打として出演し86年11月に揃って降板した。
87年は特捜最前線も終了し、昭和を代表する刑事ドラマは全て消えた。 >>148
自分の中では、82年のビッグファイトシリーズから年末のタッグリーグ戦までのホーガンはまさに「超人」って感じ。 必殺は最後に剣劇(数年後、激突!やったけど)、太陽は最後に婆さまのボスなのが納得出来なかった。
PART2も渡で良かった。
松田優作はジャイアント馬場と同じマンションに住んでいて麻雀もやる仲だったそうだね。
でも芸能界に疎い馬場は松田優作のことをジーパン刑事だと知っていたのかな?
金曜日はドラえもん、ギャバンシリーズ、ワープロの流れが小学生には最高だったな
馬場は桑田佳祐に「おう、ゴダイゴ!」と呼び掛けた人だからな
馬場は水戸黄門が好きで、出演依頼も過去にあったと聞いた事あるな。
まぁ、出たとしてもチョイ役だと思うが。
水戸黄門を見終わるってテープを取り出そうとして
ボールペンでテープをつついて出そうとしてデッキを壊す馬場
とにかく日常生活のあらゆる部分で音痴な所があるので
元子や付き人が世話を焼かないと駄目らしい
ミュージックステーションはテレ朝がフジから夜ヒットのプロデューサーを
引き抜いてたから作られた番組でその人物は金の事で云々っていう話が
ダン池田の暴露本に書かれていたと思う
勇者ライディーン→がんばれロボコン→ワールドプロレスリング
メキシカンにしては珍しい大型レスラーだったのに >>161
辰っつぁんのショートタイツは当時にしてはハイレグだな。 >>154
俺は8:00が待てなくて、宇宙船サジタリウスを見ていた記憶があるが、
内容は覚えていない。歌だけが記憶に残っている。 ヒーロー物と刑事ドラマそしてプロレス中継を今も続けているのはテレビ朝日だけなんて、こんな時代になるとはおもわなんだ。時代劇はNHKだけだが・・・
>>164
刑事ドラマは物足りな過ぎる。
やっぱりアクション物やってくれないと。
刑事ドラマも時代劇もプロレスも撤退した日テレはダメだ。 昔みたいな本物の爆薬とか規制で無理だし、現代はCGで逆にありえない描写とかやって
興ざめしたりw、ストーリーも人間味のあるものよりやたらITやらSNS関連の演出だったり、
なんかスケールが小さくなったな。ワンクールでどんどん入れ替わるし。昭和の人間には愚痴しか出ねえw
>>144 >>146 >>159
まあMステも土曜16時時代の「天敵」だったゴルフ中継も
視聴率より番組スポンサーの数と各界からのキックバック目当てで放送枠に据えられていたのが当時の子供から見ても露骨に窺えたしな
テレ朝はバブル期ですら経常利益が低迷していると揶揄されていたくらいテレビ業界の負け組だったし
Mステにしたって最初の2年は視聴率が10%前後しか取れなくて
プロレスが13〜15%をコンスタントに記録していたのに何故数字が上がらない歌番組に固執するのかと新聞のテレビ時評で批難されていたからね >>166
先週の月曜にTBSで放送した沢口靖子主演の機動捜査隊で
そんなに派手ではなかったが、カーチェイスなんかもあった。
規制とかよく聞くが、やろうと思えば出来るんじゃないか?と思った。
最後はやっぱ、今のドラマって感じだったが・・。 Mステと新日だと番組の経費はどんなものだったんだろ。
プロレス中継の方がお金掛かってそうだ。
>>169
初期は光GENJIをレギュラーゲストで使ってたよね
一方フジの夜ヒットはバンドブームの頃に通常版、R&N、演歌と
三つに番組を割ったのが災いして終了してしまった
TBSのベストテンもとんねるずのみなさんに喰われて
打ち切られて渡鬼で逆襲したけど
日テレのトップテンもだいじょうぶだぁに喰われて終わった 新日の金曜夜8時の最終回は86年9月19日『猪木×ドゥガン』『藤波×ブロディ』
▽IWGPJ選手権『高田×越中』福岡大会
ゴールデン撤退はその二年後IWGPジュニアヘビー級選手権『馳×越中』
『猪木×海賊ビリー・ガスパー』
ちなみに全日のゴールデン撤退も同年『ブッチャー シン×馬場 輪島』
『鶴田 テンタ×ブロディ ブバ』
>>171
ブッチャー、シンの相手は輪島と高木じゃなかった? >>166
太陽にほえろ!マカロニ編見ていたら、犯人が明大前駅の線路を横断して隣のホームへ逃げていた。
いくら昔は大らかだったとはいえ、よくこんな撮影を許可したもんだw >>173
今は立ちションのシーンは大丈夫なのかな?
なんか作る側もNGばかりで大変だな。 >>174
マカロニ編の頃は立ちション、タバコのポイ捨て、唾吐きなどはしょっちゅうあったね。
今はそれらはもちろん喫煙シーンでさえNGだよね。
制作者も頭を抱えているだろう。 なにかとジャニタレを絡めてくる今の番組構成を見ると
男闘呼組を起用したギブアップまで待てないは時代を先取ってたのかw
>>176
男闘呼組はプロレスには興味がなくて仕事として関わってただけ
楽屋では海外のロックバンドの話とかギターの練習とかとかバンド活動に
しか関心が向いてなかったとか ギブアップまで待てないにはフミ斎藤も実の姉が放送作家として関わってたので
プロレスマスコミの人間なのに企画会議に参加させられたと後に週プロに書いてた
>>177
>男闘呼組はプロレスには興味がなくて仕事として関わってただけ
言われなくても知ってましたよ。
男闘呼組云々じゃなく、今みたいな事をあの頃にもうやってたのかって話しでして。 男闘呼組のwikiにはギブアップまで待てない!に出演していたことが書かれていない・・・
>>180
黒歴史なんだろうかw。まあ親日自体も暗黒時代の象徴だったし。
あとジャニーズなんてもう昔っから男性アイドル業界牛耳ってたようなもんだし、
何処に出ようが大手を振って出演って感じだったじゃない? バンドブーム時に男闘呼組はロックファンからはロックバンドとして認められてなかったら当時の宝島のインタビューで
俺らの事務所がジャニーズじゃなくてマザー(当時の尾崎とかハウンドドッグとかの事務所)だったらロックなのかよ!って
噛みついてましたな
そう言えばギブアップまで待てないで春のシリーズ最終戦に男闘呼組が観戦に来てたけど
このの時の猪木対マサ斎藤のロープを外した手錠マッチってCSとかでもやらないよね?
たしかチラチラと男闘呼組の連中の反応を抜いてたからか?
>>130
革命軍は当初は新狼軍団だったんだよな
結局はマサとカーンがアメリカに戻ったので浜口を組ませて維新軍団にしたわけで >>165
視聴率とってるくせに異様にケチだよなあそこのテレビ局は
いつごろからあんなになったんだろうか ドラマの仕掛けとかは昔とは予算の違いもあるんだろうな CMの枠の価格は昔からそんなに変わってないんだろうけど 掛かる費用は高くなってしまってるんじゃないか?
昨日の夜中、CSで83年4月の猪木vsマサ斎藤をやっていたのだが、斎藤の入場曲が四年後の闘魂ライブの時と同じ曲だった。あまり斎藤の入場を見る機会ってなかったので、オーバーザトップより前に固定のテーマがあるのに驚いた。
肖像権ならやはり田代まさしに尽きるかと
DVD マガジンで音声カットされまくり
>>190
VHSで発売されたときからそうだったよ 古舘が84年の6月にフリーになったけどギャラはどれぐらいになったんだろ。
バブル突入前年だろ。
そこからいろいろ仕事契約していったわけだから、凄まじく稼いだろうね。
自分の会社まで作ったからなあ。
レスラーと同じく身一つだけど、そう考えるとレスラーはいい商売とは言えんね。
でも古館がフリーになって夜ヒットやF1実況でどんどんその名を浸透させていく姿に
プヲタ専属的だった?彼について、自分の中で一般層に対して妙な自慢や誇りを感じてたなw
フリーになってからのギャラがプロレス中継の経費から出るようになったとしたら
他の部分の経費を削ることになったんだろうなぁ。
古舘フリー転向後以降の実況は古舘プロジェクトに権利があるから、以前実況部分が消えてる新日本のビデオとか結構あったよね。使用料払うの渋ってたんだろうな。
文化放送の吉田照美が自分の番組で、古舘がフリーになって出まくってる頃、嫉妬的に文句言ってたな
その後、自分もフリーになって古舘並みにブレイクするかと思いきや、中途半端に終わった
辻とか全日の若林なんかはフリー失敗な気がするんだけど、どうなんだろうね。
あんなのでも局の社員よりは大きく稼げるのかな?
>>197
>>198
フリーの男性アナってのは
全国ネットのプライム帯でレギュラー(久米、逸見、古館クラス〜人気タレント枠)
↓
全国ネットの時間帯問わずレギュラー&全国通販番組/不定期番組(人気アナ枠)
↓
関東/関西ラジオ帯番組&地方局のレギュラー&イベント司会(有名アナ枠)
------------‐ここまではフリ−になって成功--------------------
地方ラジオ帯番組&地方局不定期番組&ナレーション仕事
------------‐小成功だけどキー局正社員と天秤だと微妙---------
地方イベント&ナレーション
------------‐事務所所属ならいいけど個人営業だと厳しい--------
以下・・・・
くらいかね
若林はわからんが辻は成功と小成功の間くらいじゃない?
※女子アナは容姿や年齢によりいろいろと「成功」の定義違うのであくまで男性の場合 若林って望んでフリーになった訳じゃなく
ラジオ日本に左遷させられたのがきっかけだろ?
左遷された後、また戻ってきてしばらく日テレに居たような・・。
スッキリより前にやってた、情報ツウか何かの新聞読むコーナーやってた覚えある。
それより全日中継の実況復帰したと思ったら、また直ぐ出なくなったな。
>>197
スレ違いっぽくなるけど吉田照美はアドリブ対応が全然出来なかったのがなぁ
夕ニャンとかでも何かあった時ただ狼狽するばっかりで 6月26日って猪木対アリをやった日なんだってね(´・ω・`)
>>202
左遷じゃなくて出向だから2年ぐらいで日テレに戻ったよw
異動の多い局だから異動させられて辞めたんじゃないかな?
小倉淳も同様な感じで辞めたな ジャストミートは前に舞台をしたり、実情は分からないけど
それなりにやりたい事やれてるのかな?と思ったことはある。
>>203
所詮はラジオの人はラジオの人だな、と思いきや
みのもんたの例もあるのにね あの控室リポートで猪木にビンタくらった佐々木正洋アナって実況はやったことあるのかな?
古館はじめ田畑アナ、保坂アナらプロレス担当当初は選手のリポートとかやってその後
実況に携わるパターンだったと思うけど。。
藤井暁のリポートで
「俺を熱くさせるのはアントニオ猪木とマシンだけだ、と豪語する前田ですけれども」
みたいなのがあって、前田がそんな事言うわけないよなぁと思った事がある。
>>205
今、鈴木健がWOWOWに出向させられて、ボクシング中継やってる。
暗に肩たたきなのかねえ 倉持は全日本プロレス中継勇退後に日テレの違う部署に移ったけど、90年代初頭くらいまでアメプロのビデオの実況はやってたよね。
倉持がアメプロを実況してると昔の全日本の海外遠征特集思い出したな。
倉持はそのあと読売新聞の金沢支局に出向して定年だっけね。
>>211
ケーブルテレビでジャパン女子の実況もやってたよ
本人曰くアルバイトで後で上司に一杯飲ませれば
丸く収まってたとか >>210
鈴木健はもう日テレに復帰してるよ。
あと昔はロンドン行きもあった。松永アナがそれでプロレスから外れた。
異動した日テレアナはエンドロールのプロデューサーで見かけることがある。
ワールドプロレスリングの現プロデューサーも元実況アナだけどなw >>213
今週のエキサイトマッチで実況やってるんだが。
スカパーから戻れたのは知ってるけど。
本人がスポーツ実況どうしてもやりたいけど、上からもう若手に譲れ、嫌なら出向しろって感じなんじゃないのかなあ >>214
ああ、出向させられていたのはスカパーだったな。
この前BS日テレで実況してたしWOWOWは出向じゃないでしょ。
まぁこの局の人事異動は6月と12月なので6月1日から出向かもしれないけど。 出向という形でなくても、応援?みたいなものなのかね。
日テレはWOWOW株9%も持ってるから、
社内でくすぶって、スポーツ実況やりたいやりたい五月蠅い鈴木を、それで我慢させてるのかもな。
WOWOWも大株主のごり押しじゃ断れんだろうし、それにタダでやってくれるならいい話だ。
こないだ猪木藤波vs長州マサを見てたら、解説の小鉄が「この4人は全員がゴッチ門下の優等生なんですよ」と言ってた。
ネットがないというのはテキトーなこと言い放題なんだな
まあ逆にあの時代(昭和)はネットが無い分、プロレスはファンタジーそのものだった。
もちろん自分はガキの頃だしアナや解説者の話す内容、知識を鵜呑みにしてたが、あとから見るとまるで
デタラメてのはよくある話。最初から裏事情なんか判るだろなんて野暮なことも言いたくないしw
で、今はもう様々なメディアで情報が行きわたり、ある意味レスラーとファンの垣根も無いような時代。
楽しみ方はまったく変わってしまった。
プロレススーパースター列伝なんてデタラメ漫画を鵜呑みにしてたりしたからなw
90年代に猪木が一線を退いて、MMAが台頭して、インターネットで情報が広まってプロレスの見方が変わったよな。
高橋本以降レスラーがブックあり前提でプロレスを語るのも普通になってきてるし。
でも昭和のプロレスをリアルタイムで見てきてるとあの時代の胡散臭さにワクワクしちゃうのも忘れがたいw
ハンセンがラリアットでサンマルチノの首折ったとか
アニマルとホークがスラム街でどぶねずみ喰ってたとか
宣伝文句に見事騙されたが、当時は夢や幻想があった・・。
小学生の俺でもねずみを喰ってあの筋肉はないと思っていた
ウェイトトレーニングとプロテイン、ステとか言っちゃいかんよw
>>221
マミーは1000年前のミイラの復活とか
コンビクトはシンシン刑務所からの脱獄囚とかも信じてたよな! なっ! なっ!? >>220
>>221
その幻想と胡散臭さがプロレスの根幹だからなぁ
それが出来なくなったから器械体操しなくちゃいけないとも言えるし
もちろん昭和時代のウブな見方の方が幸せで楽しかったのは言うまでもない
川口浩の水曜スペシャルなんてのも最高のプロレスだった ガキの頃、2階席で見てるにもかかわらず
「シンがここまで来たらどうしよう」
ってビクビクしてたのは良い思い出。
>>228
実際昭和50年代前半のシンやブッチャーは本当に頭がおかしい、あわよくば猪木やテリーを殺すんじゃないかという狂気に満ち溢れてた。
あれはマスコミ以外の情報発信手段がなかった賜物だよ。
ブッチャーは一般マスコミの取材を受けだしてから瞬く間に怖さがなくなった。 ブッチャーはサントリーレモンのCM出演で、親しみやすさが決定的になった。
あのCMでブッチャーと共演してた女は
後に大麻かなんかで捕まったよね
新日に移籍が決まった時、アンドレとの異次元対決を期待したのに
結局実現しなかったな >>233
'90年の馬場デビュー30周年記念試合、馬場&ブッチャーVSアンドレ&ハンセンで遅ればせながら対戦してるね。 >>233
プエルトリコの映像を見ると、かなり手が合ってるな。
日本で見たかった。
新日だと会場は概ね大阪か札幌だっただろう。 別冊ゴングだったかエキプロだったか忘れたけど、
アンドレ対ブッチャーが表紙になってたのを見て興奮したなぁ。
>>236
別ゴンだね、ロープ際でアンドレがブッチャーにのしかかってる写真。
今でも持ってる。 東スポの隔週紙(後に週刊化)のザ・プロレスで馬場とアンドレがバトルロイヤルで同じリングに立ってる写真見て興奮した。
移籍当初はIWGP参戦を表明して会場で自分の持つベルト(カリビアン)を差し出したのに
全くIWGPとは縁のない親日時代だったなw。仮に第1回のあのメンツにブッチャーを加えてれば
かなり夢のカードの幅ができたのにね。。
別にブッチャーを呼ばなくても
連日超満員だったから
無理して呼んでも意味がないだろう
ほかの外人が手薄な時期に回したほうが賢明
>>239
全日本に復帰した時もベルトを持ち込んでたな 馬場とアンドレがタッグリーグで組んだとき、将来プレミア付くと思って買ったテレカ。
二人はもちろん、テレカ自体が世間からなくなるとは思わなかったw
>>242
確かにそうだね。
93年にアンドレ死去で99年に馬場死去か。
テレカ自体も携帯電話普及に伴って消滅。
まあ辛うじて小規模で残ってはいるが。 >>242
友人知人の披露宴での引き出物に入ってるテレカが何枚かあるけど使えないし売れないというね(苦笑) 自分が87年ごろに初めて買ったテレカがビッグバン・ベイダーだったなw
あの甲冑コスがカッコよくてなけなしの小遣いで買ったわ
>>226
最後がうつ伏せギロチンてのはキンケイド戦と同じ。 ベイダーのあのコスチュームは最高だった。
ただマスクを被ってたのは意味不明。
ベイダーはマスクマンってイメージはない。
正体不明とか素顔を見たいとかの概念がなく。
初登場は素顔で、雑誌に紹介された時も素顔。
二度目の来日では全身覆ったコスチュームだったが。
ツマラン妄想だが、Mスーパースターって一度素顔で来たが(モンゴルズ時代は除く)、
割と男前だったし素顔の時はベビーとしてハンセンやブッチャーらを向こうに回して、謎の外人として
日本陣営についた活躍をさせても面白かったかなとw。もちろんマスクドとして来日の時は外人側。
マードックが全日から移籍するまでは、ギリギリエース外人だったのに
>>251
スーパースターのインタビューによると
実際、ビリークラッシャーとしてはベビーでやって欲しいと
新間に言われたらしい。結局ベビー計画が実現しなかった理由は不明 >>253
マジそうだったんだ。。w まあでも本人としても1シリーズのみなのか継続するのか、
それだとマスクドとしてはどうなるか色々考えるしな。 >>251
素顔はハンサムではあるが、インパクトがない顔だったな。瞳がブルーで、マスクから見える方が、オーラがあったな。 >>251
真面目な人柄がハンサム顔に出ちゃってる感じだよね。猪木との髪とマスク賭けマッチで放送を楽しみにしてたら、
番組オープニングの新日テーマが流れる最後(CM直前)に、猪木がジャーマンで投げているスロー映像を流しやがって、
あの時代に猪木のジャーマン出たら当然フィニッシュなんだから、なにネタバレしてんだよって。まぁ小学生だったから嬉しかったけどw それゆえに、アックス・デモリッションへの変身はビックリしたな。
相棒は元ロシアンズだし、そりゃ馬場アンドレ組の相手を安心して任せられますわw
ベビーでやるならスーパーマシンとして胸にSのマークに青いパンツに赤マント
ビリークラッシャーとして参加した81年10月の熱戦譜が気になる
ハンセンホーガンいたシリーズだょね?
>>263
いや、ブッチャーがマードックとの対戦を拒否したシリーズ。
連日中堅との試合でビッグマッチが組まれずほぼ負け無し。坂口に唯一リングアウト負け。 ブラボーがいたシリーズか
確変前の長州や戸口とシングルしてたかな
ブラボーはもっと人気出そうだったけどイマイチ出なかったね
ブラボーって一時期アドニスと組んでなかった?
新進気鋭のニューウェーブチームとかって言われてた記憶があるけど。
>>268
タッグリーグ出てるね
何年のかは忘れたけど アドニスとブラボーは仲が悪くて、リングの上以外ではアドニスはいつもホーガンと行動を共にしていた。
なんて記事をビックレスラーだったかで見たな。
>>251
デラプロかなんかに彼の素顔の写真と奥さんの水着姿が載ってたよな!って何年前の話だよ! >>272
このデラプロだっけ?
奥さん美人だったね ブラボーは何故か長州と組んでハンセン&ホーガンと対戦した事がある
バックランドやローデスみたいに善玉で売り出す気だったのか?
>>274
どうなんだろ。力技一本やりのファイトであまり器用な感じじゃなかったし、
つうかまず親日が外人売り出すってよほどの技量か個性持ってないとなあ。。w
>>273
ゴングと違ってこの頃のデラプロってどんどんミーハー企画が濃くなっていったっけね。
マスコットが誕生したり付録にシールやアイロンプリント、選手のプライベートや女子プロも
積極的に特集してた。「ダラスカウガール」ウェンディリヒターがなぜかよく持ち上げられてたなw ネットで調べてもブラボーは死に様ばかりがクローズアップされる
密輸のトラブルに巻き込まれマフィアに銃で蜂の巣にされなきゃ
東スポの一面に載ったりはしなかったろうな
>>274
>>274
10月の蔵前は対ハンセン・ホーガン
11月の蔵前は対ブッチャー
12月の蔵前はアンドレと組んで対マードック・スーパースター
錚々たる面々と当たってるんだよな。
後ろ盾になってるプロモーターが大物だったとか? >>274
当時、俺はそう解釈したけど特にそんな流れにならなかったね
あの時、長州が何故かうっすらちょび髭を生やしてた事を覚えてる
ブラボーの得意技ってアトミックドロップくらいか? >>277だけどごめん。
81年と82年がごっちゃになってました。
スレ汚してごめん。 >>278
予定通りIWGPに参加しててもあのメンツの中ではたいして活躍出来なかったろう。
スタッドにも負けてただろうし、ベラに何とか勝つくらいかな?
ああいう180センチそこそこのパワーファイターって日本じゃあ受けないからね。 逆にアドニスはかなり活躍したな、タッグ屋専門だけど
ボブオートンとのマンハッタンコンビは一シリーズのみだけど
メチャクチャ存在感しめしたし、その後のマードックとのコンビでも
デラプロの付録のシールとかアイロンプリントとか、小学生にはやたら魅力的だったなぁ。
シールは、駐車中の車から初心者マークを盗んできて、シールを貼り付けハサミで切ってマグネットシールを作って
缶ペンケースの内側に貼って悦に入ってました。(男子はプロレスと聖子明菜、女子は俊彦ちゃんマッチでやってたw)
アイロンプリントは、誰の柄か忘れたけど(猪木か長州?)、盛大に失敗してTシャツだめにして母ちゃん激おこw
>>282
マードックとのバイオレンスコンビはそのままWWFに行ってノースサウスコネクションとしてタッグ王者にまでなったからな。 デラプロのチャンピオンベルトシリーズを切り抜いて、ダンボールに張り付けて自家製ベルト作ったなぁ…。新日ファンだったけど、AWAがでかくてかっこよかった
>>285
俺もAWAが好きで段ボールに貼って作ったよ
あとアイロンプリントで1番Tシャツを作ろうとしたけど
まだらになって悲しかったな
ビデオの背表紙シールもあったね >>283
かなり同意だけど、駐車中の車から盗んできて、の部分だけは同意できんぞ!w
なけなしの小遣いで自分で買ってきた! ベースボールマガジンからはチャンピオンベルトだけの本が出たな〜
月刊プロレスの必殺技連続写真シリーズも良かったな。あれで初めてバックランドのツームストンパイルドライバーを見た。前方に体を浴びせるような形。たしかMSGタッグリーグだったと思う。
猪木・Bクラッシャーvs前田・藤原
「イノキはオレが守る」
>>290
時系列もくそもない、プロレススターウォーズみたいだな。 デラプロは付録が豪華だったね。
シールにピンナップにジャンボポスター。
ビッグレスラーも。
ゴングは付録はイマイチだった。
ゴングは『スターレスラーポートレイト』は良かったが。
いい紙を使用して。
ビッグレスラーもパクリで『スーパースターポートレイト』があった。
でも紙はゴングの方が良質で。
エキプロもそれなりに豪華な付録だったと。
全体的にゴングは大人向けで他は子供向けに編集していた気がした。
ゴング誌は製本が丁寧だったな。表紙の手触りもちょっと高級感があったような。
けどゴングは全日寄りなので(※個人の感想です)、月プロとデラプロを定期購読w
ブラボーはプロモーターでもあったから扱いよかったのかも。
友人である流星仮面がモントリオールに行ってたね。
>>293
ゴングの全日寄りは、春と冬の祭典の表紙のレイアウト、誌面の割き方や優先順位で顕著だった。 解説の竹内宏介さんがゴング編集長だったからだろうね。
>>287
すまん。盗んでくるのがめんどうだったので、最初からマグネットで付録にしてくれないかなーとか思ってたw >>296 ま、そういう大人の事情とかですなw
「まだ見ぬメキシコの強豪」だったかな? マスカラス信者の清水勉氏がずっと執筆されてたな。
マテマテコやロスミッショネロスら殆どこのコーナーで知ったっけ。 その昔はゴングが新日寄りでプロレスが全日寄りだった時期もあったりしたし
ようはどっちかがどちらかの団体に肩入れしだすと
もう一方がカウンターでもう一方の団体へ肩入れしだすを繰り返してた、と
竹内さんは「本籍地新日本、現住所全日本」なんて揶揄されていたそうだね。
>>302
竹内さんは昭和全日のポスターとパンフレットのデザインと編集を請けてた。
こんなモン連写する必要あったのか、ゴングはマスカラスと和泉元彌を同列に扱う暴挙を犯した 闘魂スペシャルになる前の昭和感丸出しの安っぽいパンフも味わいがあったなぁ
>>303
竹内さんデザインのポスターとパンフレットはセンスがいいよね。 >>301
ゴングが新日寄りだったのは金沢が編集長のときぐらいだろ。 長州小力は今も元気にパチンコ屋巡りをしていますよ(・∀・)ニヤニヤ
>>307
>メキシコから英国のプロモーションに移った修行中の佐山は前田日明の従弟という触れ込みサミー・リーを名乗り…
昔からそうだがコイツは恥ずかしい奴だ。 >>307
この写真見て思ったけど、キッドって当初はこのように股に手を入れるタイプの
ツームストンだったのに、途中から腰に両腕を回すタイプに変えたのはなぜだろう?
しっかり固定して安全性は高くなり派手にジャンプできるから? >>310
これひどいよね?
ネタで書いてんのかな? >>308
もともとプロレス&ボクシング時代からベーマガは馬場寄りで
プロレス誌も月刊時代までは全日寄り
なので竹内ゴングもマスカラスのようなお得意ネタ以外は基本やや新日寄り
これ常識だろ >>313
ショルダースルーは殺人技だよ。遠征時の前田は若い時の鶴田のようなタイツだった >>306
金沢時代は新日よりはともかく
ゴングの売りだったアメプロ情報ページを無くしたのが問題
当時はネットも何もなくてもゴングのUSAマット情報見てるだけでWWFの全米侵攻の様子や
クロケットプロのターナーへの身売り=事実上のNWA崩壊なんかの情報が目に入ったのに
まあすぐにネット時代になってより早く情報知れるようにはなったけど デラプロの企画であった、デビルムラサキのプロレスマスクの作り方。
着古しの体操服を犠牲にして母親にせがんでミシンで作ってもらった。
懐かしいなぁ。
>>301 >>314 >>316
亀でスマンが月プロは猪木-モンスターマン戦の頃まで編集長を務めていた藤沢久隆が馬場シンパで有名だったから
ゴングの方で長年御意見番を気取っていた菊池孝もその当時はプロボク/月プロのレギュラー執筆者だったというし
部頭低迷を理由に藤沢が更迭された後一時的に野崎誓司という人が編集長の座に就くとドラゴンブームの影響もあって中道やや新日寄りのスタンスに
79年の後半から猪木派の杉山潁男が編集長になって以降は完全に新日中心の誌面になった
ゴングは逆に猪木-ペールワン戦辺りまでは明らかに新日派だったけど
それはゴング(と竹内)が猪木を推していこう応援しようと主体的に考えていた訳じゃなくて
“親分”東スポの社長だった井上博が大の猪木贔屓だったからなんだよ
尤も井上博は猪木を好いていたという以上に
馬場よりも猪木を大きく扱った方が実売数が増えるとの算段で猪木を後押ししていたというのが一番の理由だったそうだけどね
井上博の死後初代オーナーだった小佐野賢治の側近で読売グループと密接な関係にあった太刀川恒男が3代目社長に就任するのと歩調を合わせるかの様に
月ゴン/別冊ゴングの編集方針も馬場寄りに変遷していった ここまでビッグレスラーの話題ゼロ
小学生で小遣いで買うには月刊誌が限界だったわ
途中で週刊に変わったころには中学生で週刊ゴングにくら替えしたなあ。
323お前名無しだろ2018/07/10(火) 21:59:23.36
へっへへ、ノーブラだぜ
東スポの隔週(だったかな?)のプロレス専門のが好きだった。懐かしいな
>>324
「ザ・プロレス」だったか カラーのツルツル紙でやたら紙質が良かった
その前身でファイトみたいなタブロイド版でプロレス特集号をちょいちょい出してたな
そういえば東スポって昔はよくプロレスの単行本も出してたよな
桜井さんの「実録・馬場と猪木」シリーズが最後なのか 確かザ・プロレスって途中で隔週刊から週刊に変わったよね。
>>320
編集長が誰かなんて注目され始めたのはターザン以降と思うけど、なんでそんなに詳しいの?当時から興味あったの?w
いやはやすごい >>325
81年ころから発刊されたのかな?「ザ・プロレス」。こっちは大阪スポーツだったな。
それまでは駅売店で週刊ファイトを毎週買ってたが隔週は2紙買うことになった。
ああ、ファイト紙の「ボック特集」、取っておけばオクでいい値になったかな? ファイトは小学生には難しいというか、地味に感じてた。今凄く読みたい。国会図書館に行けば昔のファイトあるかな?年鑑みたいな縮刷版あればいいのに
ファイトの広告に載ってた裏ビデオ業者は関西の業者なので本物が届いた
懐かしい。
子供の頃は読書は苦手っちゅうかまともに本を読んだ事なかった。
でもプロレス雑誌の記事は長文でも普通に読めた。
>>331
情報ありがとうございます。それを国会図書館に読みに行こうかと思ってます >>335
エル・サントとかブルー・デモンとか、メキシコの大物のパチモンが多いなぁ
あとミスターXを騙るマスクマンも多いし 中国系のハン・リーが初期の親日にエル・サントを名乗って来日したらしいw。
70年代までの親日は結構メキシカンが来てるな。シェンカラス、ヒューラカン・ラミレス
エルレオン・ティニエブラス、ベラ・ロドリゲス。。
デラプロでやったプロレスレコード大特集は良かったな。
あれ見て色んなレスラーのテーマ曲のオリジナルレコード探したりした。
>>341
キムケンがシングルでテレビマッチ闘った記憶がない >>341
古舘が必ず「爽やかなテーマ」と言ったアレな
プロレスのテーマでの爽やかさでは馳のテーマと双璧 >>342
ボックの来日第1戦の相手は健吾。
オートンの新日初参戦の最初の相手も健吾だった。 古舘伊知郎のテーマ曲の表現といえば
「オリジナルのテーマに乗って〜」
「ドラマチックなテーマに乗って〜」
>>345
>>344
ネ〜バ〜ギバ〜プ!ネ〜バ〜ギバ〜プ!ネ〜バ〜ギバ〜プ!キ〜ム〜ラ〜♪とかいうコーラスが入ってたw >>342
テレビ中継ではあまり聴けなかった。アルバムで聴いてなぜか気に入ってしまった。特にキムケンのファンじゃないんだけどw >>349
そこまで気に入ったんならファンになってやれよ〜w 長州のパワーホールを初めて聴いた時、冴えないオッサンに何でこんなカッコいいテーマ曲が?と思ったなw
昭和の新日は格がしっかりしてたな、長州がどんなに低迷して伸び悩んでも
健吾兄さんに抜かれる事は無かった。
シンニプロレはマサイの追悼興行はやらないかな?
タナハはマサイの現役引退後に入門か?
ギリギリ被ったか被ってないか。
1987年のIWGPでのマサ斎藤VS前田戦は、前田の数少ないプロレス時代の名勝負の一つだったな
【俺が選ぶ長州力ベストバウト】
《長州力入場テーマ曲♪POWER HALL》
ダウンロード&関連動画>>
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@YouTube
【維新軍VS正規軍5対5勝ち抜きイリミネーションマッチ大将戦】
1984(昭和59)年4月19日 蔵前国技館
☆長州力(32)VSアントニオ猪木(41)☆
維新軍旗揚げ後、大将の長州力がアントニオ猪木とシングル初対決!
“昭和新日”特有の異様な緊張感が漂う中、長州が猪木渾身の卍固めにレフェリーストップ負けを喫する。
【正統派ストロングスタイル】を究極的に体現した“新日イズム大爆発!!”の壮絶な闘い。
『“真”日本プロレス、此処に極まれり!』
『“神”日本プロレス、かくあるべし!!』
そして、8月2日の蔵前国技館決戦。
維新軍旗揚げ後、猪木に2敗を喫していた長州は3度目の闘いを挑む。
年間最優秀試合に選ばれる名勝負を繰り広げるが、長州はこの闘いに敗れる。
その後、長州はジャパンプロレスを旗揚げし、全日本プロレスに電撃参戦!!
長州力は、マサ斎藤&谷津嘉章&アニマル浜口&キラーカーンらと共に、
ジャンボ鶴田&天龍源一郎
ホーク&アニマルのザ・ロードウォリアーズetc.
と、数々の名勝負を繰り広げた。
長州力の代名詞“ハイスパート・レスリング”⇒スピードの新日DNAがパワーの全日DNAと強烈な化学反応を起こし、ファンは闘いに熱狂した。
これで全日本プロレスの視聴率&注目度は跳ね上がり、土曜日夕方からゴールデンタイムへと返り咲くことになる。
当時のスタン・ハンセン
『ゴールデンタイム!!ゴールデンタイム!!』
つづく >>357つづき
1987年、長州力は新日本プロレスに舞い戻り、アントニオ猪木・藤波辰巳→辰爾・前田日明・ビッグバンベイダー・サルマンハシミコフを始めとするロシア“レッドブル軍団”等との激闘!
他方、馳浩&佐々木健介らをスター選手に育て上げ、
武藤敬司・蝶野正洋・橋本真也の闘魂三銃士らと世代抗争を繰り広げた。
1998年引退。
その後、現役復帰を果たすが、主役の座は後輩に譲り、現在に至る。
長州力は【D51型蒸気機関車】“デゴイチ”に例えられる。
まさに、その出で立ちとファイトスタイルは“昭和のノスタルジー”を感じさせる【デゴイチ】その“者”と言えるだろう。
蒸気機関車D51は、その長い道のりに終止符を打とうとしている。
革命戦士・長州力選手、長年お疲れ様でした!
以上 亡くなった生田悦子さんて新人時代の猪木と恋人関係だったの?
>>360
数年前初めてそれ知ったときびっくりした〜 362お前名無しだろ2018/07/17(火) 21:45:54.39
上田馬之助が「男は馬之助」の中で書いてたね。イニシャルだったけど、簡単なヒントですぐに分かった。
>>362
“最近はなんとかトリオってバラエティに…”みたいな書き方してたからな、丸わかりだったね。 よせなべトリオかw 初代タイガーとか新日本が大ブームの頃だよね
ワープロクラシックスで77年の猪木vsアンドレ見てたら、アンドレが今で言うペディグリーやってて驚いた。
これ、下手したら猪木の首が折れるぞw
でもアンドレってターザンタイラー以降は相手に大怪我とかさせてないから、上手かったんだなあ。
Gスピでスタン・ハンセンに新日時代の事を聞いていたが
「誰がサカグチをボディスラムで投げられるか?」と賭けをしていたのには笑った
そんな賭けが成立するほど、坂口は外人にボディスラムで投げられる事を拒否していた訳だ
猪木と正反対に受け身がヘタクソだったのか?あるいは腰に爆弾抱えていたか
元日本一の柔道家として投げられるのは嫌だったんだろうか
実は基本技のボディスラムが一番腰にくるからだろうな
坂口がアトミックドロップで猪木の股間をロープに叩きつけたことあったね。当時浮気騒動があった猪木だから、そういう結末にしたのかな?w
猪木の悶絶ぶり見てアクシデントかと当時は思ってたけど、あの結末危険だし勇気要るよなw ロープは凄く硬そうだしw
アントンのタマタマを潰せと倍賞美津子が坂口に指令出して
トップロープに股間打ちつけた猪木がピギーッと悲鳴あげるイラスト
笑いが止まらんかった
あの時期は対UWF戦での対格差による威圧感で坂口幻想が
強くなってた時期だったからね
この86年のIWGPで坂口が藤原ともやったけど余り印象がないんだよな
同じリーグ戦で健吾を脇固めで責め立ててこんなもん誰でも出来るんだよって
毒づいた試合は憶えてるんだけど
今思うと、なぜ脇固めやアキレス腱固めなんかにあれほどまで熱狂したんだろうか?w
>>378
当時の週プロがこれらはかつての新日の道場から失われた技で
これが本物だみたいな論調で書いてたねぇ 《マサ斎藤入場テーマ曲》
【♪THE FIGHT】
ダウンロード&関連動画>>
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@YouTube
シルベスター・スタローン主演【オーバー・ザ・トップ】使用曲。
マサ斎藤は長州力の兄貴分的存在で、ふたりが良くタッグを組んでいた1980年代前半〜半ば頃が一番記憶に残っている。
マサ斎藤は、ロングタイツに【日の丸】のトレードマークが格好良かった!
マサ斎藤の【ひねりを加えた垂直落下式バックドロップ】は、その破壊力と技の美しさ、共に最高だった。
ひねりを加えた垂直落下式バックドロップは長州力に受け継がれ、革命戦士・長州力の必殺技の代名詞となった。
【マサ斎藤&長州力VSアントニオ猪木&藤波辰巳】
【マサ斎藤&長州力VSジャンボ鶴田&天龍源一郎】
マサ斎藤と言えば、条件反射で上記の様な試合が思い浮かぶ。
全盛期のプロレスをリアルタイムで観られた自分は、本当に幸運だった。感謝。
有名なアントニオ猪木との【巌流島の戦い】は、晩年の輝きだった。
マサ斎藤の引退興業は試合会場で観た。
当時、新日レスラーの引退記念興業ラッシュで、自分はアントニオ猪木&長州力&前田日明を始め、主な引退興業は会場で観戦している。
引退後、マサ斎藤は新日の解説者を務めたが、気付けば、いつしかフェードアウトしていた。
“♪ザ・ファイト”
【新日の“鍾馗”(しょうき)様】
マサ斎藤こと、斎藤昌典さんのご冥福をお祈り申し上げます。
合掌 >>379
> 当時の週プロがこれらはかつての新日の道場から失われた技で
> これが本物だみたいな論調で書いてたねぇ
それが一番だろうね
あと大きいのは脇固めや腕ひしぎアキレス腱チキンウィングフェースロックとかって
プロレスごっこで“試しに”簡単にできて本当に掛ければ痛いってのを体感しやすいのも大きいかと
未だにプロレス=八百長論をいう人に多い「誤解」である
「プロレスの技=インチキなので技自体たいして痛くない」のイメージに対して
「地味な道場の技術で試しにやると非常に痛い」ってのは
けっこう逆説的に信憑性を高めるものだったと思う >>377
まあ脇固めも腕絡みももちろん腕十字も元々柔道にある技術だし
柔術〜高専柔道の流れだと足関節もあったっていうから
あの時代の全日本王者の坂口なら当然心得はあるんだよな
これはアマレスも同じで関節技が無い、極める技術が無いとか単純にいう人いるけど
実際はギブアップをとることを目的としてないだけで
首肩股足首はもちろん肘手首膝とかを“固定”して自由を奪うことで
最終的に相手を組み敷いて制圧する(ピンをとる)技術だからね
実際高田裕司は(当時はまだ普通にあった)「もしプロレスラーとやったら?」って素人質問に対して
(同程度の体格前提なら)投げ飛ばしますや抑え込みますではなく
「真剣勝負の果し合いなら首を極めて折ります」ってさらっと答えてる プロレスごっこでフルネルソンをグラウンドでやられると本当キツかったなぁ
サソリ固めもアマチュアレスリングのアンクルホールドの発展型だもんな。
坂口といえばアレンとの柔道ジャケットマッチで出した関節極めながらの襟締めが良かった。
>>375
Uが新日復帰して、藤原がバックを取られた相手にエルボーをガツンと入れての脇固めとか、
木戸のキムケンへの木戸クラッチとか、初公開の時は絶妙なタイミングで心酔したけど、
それを定番ムーヴにしたことで「なーんだ、Uも新日に協力してもらってプロレスしてるじゃん」と一気に冷めたなぁ。
あの一瞬の閃きに感動したのに、なんでわざわざ説得力なくなる定番ムーヴにするんだよバカ >>385
> あの一瞬の閃きに感動したのに、なんでわざわざ説得力なくなる定番ムーヴにするんだよバカ
気持ちはわかるけど、コレはあくまで想像だけど
あの時代ってまだ基本的にリング上のストーリーや演出って
TV局より団体側やレスラー側の主導でしょ
これは芸人やミュージシャンなんかでもあるんだけど
ツアーやライブで彼らが客の反応を直接感じるのって
TVや雑誌での反響ではなく一番はやっぱり会場の生のリアクションなんだよ
巡業中は自分たちの試合なんてほぼまず観てないだろうし
彼らかすればある会場で受けの良かったムーブ(芸人ならネタ、ミュージシャンならMCとか)は
別の会場に行った時もそこでは初めて披露する「すべらないネタ」として
むしろ積極的に取り入れ各地で順次披露するんだと思う
でも毎週TV観て場合によっては専門誌まで見ているファンからすれば
TVの前でそれ観てもそれは「また、おなじみのヤツ」ってことになるんだと思うわ
ミュージシャンだって同じツアーの複数会場に行くと
「○○(土地や会場の名前)サイコーッ!」っていかにも感極まったように言いながら
だいたい同じネタでMCやってるでしょ、あれよあれ たしかに、マードックのブレーンバスターを藤原が脇固めに切り返すのとかは会場なら観たいけど、テレビならそこまで観たいわけじゃないし。会場は相撲の巡業みたいに御披露目的な感じなのかも
>>387
東京や大阪の大会場ならともかく
地方会場のお客さんの大部分は基本その時だけだからね生で見るのは
ミュージシャンとかでもよくシングルカットされてないアルバムの中の1曲だけど
ファンにはおなじみのライブの定番曲とかあるけど
ああいうのもそれまでのライブの中での反応から
セットリストに組み込んでるパターンが多いのと同じようなものかと
TVでは猪木のダーッ!や藤波のダイビングリングインとかしか目につかないけど
会場で生で見たら藤原にも星野にも木戸にも荒川にも
それぞれ名物というか得意のムーブやアピールがあって
その日現地まで足運んでくれたお客さんを楽しませてくれてる、と
それをTVで毎週欠かさず観てると「またこれかよ」ってなるけど
まあそこはよしなに…ってことでしょうw 試合前の練習で藤原のスパーとか見れるのも会場観戦の楽しみだよな。健吾がダンベルやってたけど、軽いの使ってたw
そりゃあ、ダンベルは自分の筋肉にあった重量でないと、筋を痛めるだけや
健吾は細いもんな。
ジュニアのコバクニよりも細く見えるし。
試合前だから軽いので調整してたのかもだが・・。
>>389
そうそう。
ああいうのも若手のトレーニングとか
試合前のウォーミングアップの意味ももちろんあるんだろうけど、
今から考えると大袈裟に言うと一期一会というか
その日会場まで来てくれたお客さんへのちょっとしたファンサービスとか
試合前の場内の雰囲気作りの側面も大きかったんだろうなと思うんよね 脇固めって本当に決まったら危ないよな
でもプロレスのムーヴだとお約束で危険な感じが薄れてしまった
ラリアットやトップロープからの攻撃を本当に脇固めで返したら肩外れるだろ?って思っちゃうんだよなあ
柔道の世界大会で決まった脇固めはヒヤッとした
いやヒヤッとした所じゃなくて、肘が完璧に破壊されて大惨事だった
>>386
返事ありがとう。全体的にもちろん分かるよ。俺もそんなにカテェじゃないのよ。
だけどさ、アーティストの全国ツアーのMCでも、使い回していいMCとダメなMCがあると思うんだ。
大阪サイコー!なんてのはラリアット。おおきに〜!はドラゴンリングイン。会場に行ったら必ず見たい。
だけど「あっ!今の間違えたから最初からやりますぅ〜w 」は、木戸クラッチ。
アクシデント的な意外性からお得感があって盛り上がったけど、味をしめて定番にしちゃやっぱいかんでしょ。
UWF に一瞬の隙を見せたらこうなるぜ!というUの存在意義を見せつけたのに、
毎週やったら「あぁ最初のやつも打ち合わせがあったのか」となってしまうし「結局は新日と協力してるじゃ〜ん」となる。
アーティストもプロレスラーも映像収録の日には特に、定番ムーヴが嘘臭くならないかにも気を配ってほしいよ。 巌流島に至る経緯はどんな流れだっけ?
長州と藤波のアイデアを丸パクリしたのは知ってるけど。
>>398
世代抗争まだやってた9月のシリーズ途中、マサが「世代抗争は俺には関係ない。狙うは猪木のみ」と宣言したら、猪木が「よし、やろう。やるなら巌流島だ」と受託。
この宣言のあと世代抗争のイリミネーションの第二弾が大阪であって、猪木とマサがニューリーダー最後の一人になった藤波を大流血KOにしてナウリーダー軍が勝利。
藤波をボコボコにするマサを制し、猪木が藤波に覆い被さってフォールし試合終了という幕切れで、猪木とマサが不穏な雰囲気になってた。巌流島の伏線って感じだった。 実況か…今の時代なら生実況中継あったかな。
両方とも遅刻してくるから大荒れだろうな
>>399
8月の両国2連戦でマサがスカして出なかったからな
長州絡みのカードがメインだったからノーTVですぐにビデオが出たけど 確かワールドプロレスリングの時間が火曜からまた月曜に戻った時の
第一弾の特番が巌流島と長州TV復帰戦の後楽園ホールの藤波戦だったよね?
長州の試合から生中継だったな。ミスター高橋のコイントスの胡散臭さといったら
藤波が相手に決まった瞬間に前田がマットを叩いて怒ってリングを降りるお約束
>>405
あまりにも予定調和すぎる藤波決定の溜め息を揉み消すようなリキラリアット。
そんなんじゃ揉み消せねーよ 猪木のみならず、長州まで前田と戦う事から逃げんのかよと
U系信者をますますいきり立たせる結果となった
俺はあくまで新日のプロレス中継だから
所属の藤波を差し置いて
所属外の前田に新しい時間帯の掉尾の大舞台に立たせないだろうから
藤波になるだろうと思ってたなあ
それで後楽園でいきなり長州ー前田はやらないと思った
やるのなら次の年あたりの大きな会場でやるだろうと
前田から逃げるもなにも「Uを独立させる」と堂々とタニマチ探ししてんのにトップに絡ませられるか と
【俺が選ぶ長州力ベストバウト】
《長州力入場テーマ曲♪POWER HALL》
【維新軍VS正規軍5対5勝ち抜きイリミネーションマッチ大将戦】
1984(昭和59)年4月19日 蔵前国技館
【☆長州力(32)VSアントニオ猪木(41)☆】
維新軍旗揚げ後、大将の長州力がアントニオ猪木とシングル初対決!
“昭和新日”特有の異様な緊張感が漂う中、長州が猪木渾身の卍固めにレフェリーストップ負けを喫する。
【正統派ストロングスタイル】を究極的に体現した“新日イズム大爆発!!”の壮絶な闘い。
『“真”日本プロレス、此処に極まれり!』
『“神”日本プロレス、かくあるべし!!』
そして、8月2日の蔵前国技館決戦。
維新軍旗揚げ後、猪木に2敗を喫していた長州は3度目の闘いを挑む。
年間最優秀試合に選ばれる名勝負を繰り広げるが、長州はこの闘いに敗れる。
その後、長州はジャパンプロレスを旗揚げし、全日本プロレスに電撃参戦!!
長州力は、マサ斎藤&谷津嘉章&アニマル浜口&キラーカーンらと共に、
ジャンボ鶴田&天龍源一郎
ホーク&アニマルのザ・ロードウォリアーズetc.
と、数々の名勝負を繰り広げた。
長州力の代名詞“ハイスパート・レスリング”
⇒スピードの新日DNAがパワーの全日DNAと強烈な化学反応を起こし、ファンは闘いに熱狂した。
これで全日本プロレスの視聴率&注目度は跳ね上がり、土曜日夕方からゴールデンタイムへと返り咲くことになる。
当時のスタン・ハンセン
『ゴールデンタイム!!ゴールデンタイム!!』
つづく
>>408つづき
1987年、長州力は新日本プロレスに舞い戻り、アントニオ猪木、藤波辰巳→辰爾、前田日明、ビッグバン・ベイダー、サルマン・ハシミコフを始めとするロシア“レッドブル軍団”等との激闘!
他方、馳浩&佐々木健介らをスター選手に育て上げ、
武藤敬司・蝶野正洋・橋本真也の闘魂三銃士らと世代抗争を繰り広げた。
1998年引退―。
その後、現役復帰を果たすが、主役の座は後輩に譲り、現在に至る。
長州力は【D51型蒸気機関車】“デゴイチ”に例えられる。
まさに、その出で立ちとファイトスタイルは“昭和のノスタルジー”を感じさせる【デゴイチ】その“者”と言えるだろう。
蒸気機関車D51は、その長い道のりに終止符を打とうとしている。
プロレスが絶頂期の最高に恵まれた時代をリアルタイムで観ることが出来て、本当に幸運だった。
革命戦士・長州力選手、長年お疲れ様でした!
以上 >>403
マット叩いてたっけ?
ハイハイ俺の出番終わりね、あとはお二人さんヨロシクって感じで
目立たないようにリング降りてた記憶がある >>411
結局前田はその日試合無しだったのかな。
前田目当てにチケット買ったファンはガッカリしただろうな。 >>410
長州が1951年だからそれに因んでとも聞いた事ある。 >>416
そもそもD51なんて誰が言ってたの?テレビや週プロでは一度もなくないか せっかく長州が大河ドラマ出演なのに、マサさんの告別式だったのか (´・ω・`)
後楽園の長州t対藤波がダラダと30分以上やって無効試合
その後に二人でタッグ組んで猪木・山田とやって長州の
フライング発言で空中分解して世代闘争終了
両国で長州t対藤波を三本勝負で再戦して三本目の
ショボイ結末にお客が呆れたって流れだっけ?
確か開幕当初は猪木とマサは巌流島のダメージって事で
欠場してたよな
>>418
藤波と長州の3本勝負やった両国で、猪木対ウイリアムスやったけどこっちも消化不良の試合だったね。
猪木が負傷してないほうの肩にテーピングして、馬鹿正直にウイリアムスがそこを攻めてまんまと騙されるという流れだった。しかも猪木のリングアウト勝ちじゃなかったかな。 87年の戦国合戦シリーズ開幕戦、JCタッグリーグ開幕戦、88年戦国シリーズ開幕戦、いずれも後楽園ホールを地方から観に行ったが全て猪木が欠場した。
この頃の猪木は開幕戦を安易に欠場する癖があった。
観客の中には地方からわざわざ訪れているファンもいるのにけしからん!
後楽園はほぼ自社興行だからな
プロモーターに気兼ねせず休み放題
今なら事情も分かるだろうから許してやろう
売り興行と買い興行があるからね
TVマッチだから出たかっただろうが、休み優先にしたのだろう
当時の猪木は40代半ばに入って体調も最悪、衰えが顕著だからな
このスレの奴らも40代以上だろ?
年齢考えたら平成のカウントダウンの猪木は逆にすごいと思うけどな
>>423
売り興行は知っているが、
買い興行ってなんだ?
手打ち興行の事か? >>426
ジャニーズ系歌手の興行でも買ったんじゃねえかw ファンには手打ちも売りも関係ない。
地方のファンがプロレスの聖地後楽園ホールへはるばる猪木を見に訪れたのに表向きは体調不良、今となればブックなのか・・・とにかくポスターに顔出している以上よほどの理由でない限り出場するのがプロの努めだと私は思う、ウン!
体調不良でもキラー猪木なら秒殺試合で観客を満足させられるし
3000円のチケットを買っただけのファンと、
何百万をもたらすプロモーターを同列に扱えというのかね?
>>430
ファンがチケットを買わないとプロモーターも儲からないんだぞ。 90年代の新日は選手が多かったせいか主力が平気で欠場していたな。
俺の地元に年二回巡業に来たのだが、いつも橋本が欠場していた。
両国二連戦でもNWA王者時代の蝶野が二日目の防衛戦に専念するためと言って初日欠場したが、歴代NWA王者たちがそんな甘えたことをしたか?
客が入っていたのをいいことに、一回一回の大会に訪れるファンを大事にする精神が当時の新日には欠けていた。
90年代の新日本なんかどうでもいい。やっぱり新日本は昭和
エヘヘどーもすいませんと
猪木がパキスタン遠征の疲労とかいう理由で欠場の挨拶してたっけなあ
福生市民体育館ストロング金剛引退記念興行
>>434
わー、そんな事があったんだ?
地元だけど、その興行は高校受験前って事で行くの自粛したんだわ >>435
猪木が欠場の挨拶しただけで
会場がドカン!と爆発して流石の存在感と思ったよ
友達がスナック菓子食ってたら後ろから巨大な手が袋に突っ込まれて
仰天して振り向いたらニッコリ微笑む猪木がいたって
ボブ・バックランドが会場の隅で外人レスラーたちにコシティの振り方指導してたとか
星野勘太郎対アニマル浜口が大盛り上がりだったこと覚えてる >>433
昭和に2年連続富山の興行を猪木は休んでる 九州のある田舎での大会、猪木は足を捻挫したため帰京したと欠場の告知が貼られた。
当日券を買うか迷っているファンに関係者が「今公開練習やっていますよ」と触れて廻ったら皆チケットを買って会場へ入っていった。
リングでは坂口以下ほぼ全選手が受け身やストレッチをしていた。
後の大会でもそれくらいのことはしていたのだが、この時は得した気分になったから、要は団体及び主催者側の誠意がいかに形として表れるかが大事なのだ。
>>436
猪木、いいファンサービスだなw
その友達も一生の思い出だろう >>432
三沢「あいつら羨ましいよなぁ、馬場さんは絶対休ませてくれないよ…」
三銃士の欠場を聞くたびにマスコミに愚痴をこぼしていたらしい 馬場は「ケガしてるから休めって言っても休まないんですよ。」って
言ってた気がするが。
猪木は人たらしって言うか自分をよく見せる感覚には長けてるよな
太陽みたいな人で遠く離れた所にいれば恩恵を受けられるが近づくと焼け死ぬって言ったのは長州だったか
20年くらい前のこと、行く予定だったみちのくプロレスの興行が同日の新日大阪ドームに選手を出すため
サスケ、デルフィン、浜田、東郷、テイオー、獅龍が欠場と聞いたときはさすがに迷ったなぁ
まぁハヤブサらFMW勢が助っ人に来てブレミア感がでて、雑誌でも大きく扱ってくれたから結果的オーライだったけど
対照的に馬場は遠くから見ると風流で味があるが、
近づくと殺風景で空虚な月、とはよく言ったもの
>>444
> サスケ、デルフィン、浜田、東郷、テイオー、獅龍が欠場と聞いたときはさすがに迷ったなぁ
> まぁハヤブサらFMW勢が助っ人に来てブレミア感がでて、雑誌でも大きく扱ってくれたから結果的オーライだったけど
どこの興行見に行ったのかわからないなw WJが長州、天龍戦線離脱で大仁田が禁足令で欠場。
健介、谷津、越中、建造、安生・・・
前売り買った人は激怒だなw
>>441
三沢は肩を脱臼だかなんだかで大怪我したことあったでしょ
しかもそのシリーズはジャンボが欠場してたもんだから
三沢まで欠場したら売り興行のギャラ下げさせてもらうからって
あるプロモーターに言われたんだってね
それじゃ困るってんで正平が「三沢悪いけど出てくれ」ってなって
その時に「もう俺休めないんだな・・・」って思ったって >>442
三沢にしろ川田や小橋にしろ
馬場が口では休めといった所で、人員豊富な新日と違って鎖国体制だった全日では、状況的に休めないの分かってたと思う。 >>448
> その時に「もう俺休めないんだな・・・」って思ったって
その後の三沢の顛末を思うとなんとも苦いコメントだな…
その頃の全日には馬場もいて鶴田もいたから
鶴田欠場しても馬場には「出てくれ」って言える相手がまだいたけど
ノアでは結局最後まで三沢はそのセリフを自分に言うしかなかったってことだもんな 猪木「こんなプロレスしてたら、10年もつ体が3年で駄目になる」
>>450
それで潮崎を猛プッシュしたのに肝心の潮崎本人に全然自覚が無かったからなあ 「こんなプロレスしてたら、10年もつ会社が3年で駄目になる」
文部科学省で連続不祥事発覚
馳は大臣から降りてよかったな。
今の新日本、いいキャラ揃ってるよね。
よく立て直したな。立派ないい会社って感じ。
藤波とか戻ったらいいのに。
猪木の暴走に絶え続けた挙げ句、追い出されたのは理不尽やし。
いまの新日本で一番年長はライガー?
それより10歳以上上の藤波に戻れとか
藤波はクーデター事件にも関与してたのに、表舞台の実績や外面の良さか
あまり悪評が広まらないのが美点と言えば美点だよな
維新軍が流行ってた頃、給料が上がらなくて文句言ってたのに
いつのまにか猪木と坂口の派閥にチャッカリ入ってたり
社長になった時も猪木の言いなりで新日に暗黒時代を招いた張本人なのに
あくまで猪木だけが悪いっぽい雰囲気になった
戻るまではなくても、周年記念や選手引退などのイベント事には、猪木や藤波は呼んでほしいなあ。
最近だとマシン引退セレモニーには藤波に来てほしかった。
昭和プロレスに、今のオカダがタイムスリップして
あのドロップキックやったら、タイガーマスク登場以上の衝撃だろうね
昭和だってドロップキックの名手はいたから、そこまでの衝撃はないだろな
少なくともドロップキックだけならば若い頃の鶴田の方が上だな。
鶴田もドロップキックはジャンプ力がある=打点が高いだけで上手いわけではない
馬場みたいに実はあんまり高く飛んでないのに高く見えるのが「上手い」ドロップキック
だと思う(マスカラスも実は低空飛行だけど魅せ方が上手い)
ミサイルキックはすごかったけど
猪木も確かハンセンにミサイルキックやったな
>>472
> 鶴田もドロップキックはジャンプ力がある=打点が高いだけで上手いわけではない
上手くない理由をちゃんと書いてくれないかな。 ジャンボ鶴田のドロップキックは全身を縮めてから思いきり伸ばして撃つから威力もあると思う。
バスケットボールで培ったバネが利いているだろうからね。
>>473
なんかフワっとしてて力感がない
あまりにも跳躍力がありすぎて簡単に飛びすぎるんだよ
ビガロの飛び技に力感なかったのと同じだな
デブの癖に跳躍力ありすぎてw
実際にはドロップキックの方がバネも脚力もいるんだろうけど
見た感じはジャンピングニーの方が躍動感があった >>474
実際に蹴った場合の威力はそうだろうね
でもただ足当ててるだけの32文の方が必殺技として成立しちゃうからプロレスは難しい
鶴田同様に「凄過ぎて凄く見えない」のがジョナサンだったな
あの巨体で見事なバランスで飛ぶのにあまりにも当たり前のように飛ぶから
凄く見えない
この二人はいろんな意味で共通点多い >>475
言わんとすることはわかる。
ブロディのドロップキックもフワッと飛ぶんだけど命中するときには全体重が乗っているようで説得力があるんだよね。
でもジャンボのドロップキックも見た目の軽さ以上に破壊力があると思うぞ。 ブロディは意図的に跳ぶときは両脚そろいなのにインパクトでは片足を突き刺すように
(見せる)フォームで威力ありそうに見せてたね
>見た目の軽さ以上に破壊力
そこが問題
痛くないのに痛く見える技こそがプロレス技として至高だからね
その意味で最悪の技は見た目地味なくせにガチ負傷させかねない威力の
トライアングルスコーピオンw
馬場の顔面に直撃したジャンボのドロップキックが好き。
佐山タイガーはドロップキックだけじゃなくリングを目一杯使ったフットワークやら動きそのものが凄かったんだよな。
オカダの打点は高いけど結局休み休みやってるだけだから衝撃の度合いが違う。
レインメーカーポーズやってる暇があるならもっと動けよって思っちゃう。
そこも、馬場から何度言われてもオーをやり通した鶴田との相似ですよ
>>475
天龍戦以降のドロップキックは力感ありまくりだぞ。 >>483
鶴田の天龍への攻撃は凄まじいものがあったね。
半端な攻めでは天龍に失礼だと遠慮しなくなった。 先週のテレビで、ベイダーが猪木にジャーマンしたの
流れたの見た?
あれ放送禁止にすべき!危険すぎる!よく生きてたよね。猪木。
新日が坂口ととその子分レスラー達を受け入れた時
「格としては五分五分で」みたいな取り決めが行われたというけど
坂口は身の程知らずにも程があるよな、柔道時代に腰痛めて
スープレックス系の技ほとんど出来ないし、受け身がヘタクソだから
アンドレ以外からボディスラムほとんどさせないし
そんなコンディションで猪木と五分の条件でとか笑わせる
時代が時代ならってのも考えちゃうけどな。
木村政彦がMMAのある時代にMMAやってたらどうなるか?力道山とMMAなら負けないんじゃないかとか。
吉田秀彦がMMAの無い時代にプロレス入りしたらどれくらいのポジションにいけたのかとかね。
木村も吉田もスープレックスなんかできないかな?やればできるかも?って感じだし。
そういう意味では小川は面白い存在だった。小川は名プロレスラーかというと評価が難しいんだが存在は面白い。
>>486
それリング上で五分ってのはむしろあくまでメディアやファン向けの発言で
坂口としてはむしろ社内における立場や待遇的なものをって方が強かったんじゃないかね?
社長猪木はしょうがないとして、むしろ小鉄や北沢をはじめとした猪木の取り巻き、
坂口入団と入れ替わるように結局退社することになった岩田氏トルちゃんに対する牽制、
自分の連れてきたケンゴ小沢大城に対する
藤波や生え抜き新人との扱いの問題とかだったんじゃない?
少なくとも坂口入団後も、テーズゴッチ戦以降は坂口自身リング上では
猪木立ててたのは明らかだし
むしろそれに対して猪木がよくW大リーグの1〜3回とも直接対決でのフルタイム引き分けや
不運な優勝進出戦、第3回の優勝とリング上でも結構気を使ってるかんじ >>488
まあ坂口の入団によってNETの放送も決まったんだから、会社に対する強気の発言は当然かも。 >>490
テレ朝の三浦甲子二から坂口が居る間は中継は辞めないって言われてて
かなり気に入られてたみたいだね 実際、坂口が現場監督だったんだよな
外人選手やフリーの日本人選手に最終戦でギャラ渡すのも坂口だったし
ギャラ渡しに行ったらマサ斎藤に腕相撲やろうってしつこく絡まれて相手して
やってあっさり一蹴しちゃって外人の前でマサが恥かいたとか
プロレスなんてアホな商売を選ばなかった憲二くん
役者として着々と地位を築いていったのに病魔に侵されてしまって 今日は34年前に最後の蔵前で猪木がグラウンドコブラで長州に勝った日だよ。毎年8月2日は忘れられない。
んなら、8888横浜の猪木藤波だな。
猪木が一線を退くようになった実質引退試合といっていい試合。
これ平成元年なんだよな。まさに昭和の猪木新日本プロレスが一つの区切りをつけた試合。
>>496
平成元年は89だぞ
だから言うなら昭和最後だな そーいや年号(まあ戦後の昭和〜平成だが)の年次と西暦の一致が脊髄反応できるのは平成5年(93年)くらいまでだな。。w
それ以降は足し引きとかしないとスッと出てこない。。
猪木ビガロ戦も。ビガロがリング下に顔を突っ込んで、出てきたら額から流血…ショックだったw
>>497
ああ、ナイス突っ込みだなw
なんか良く確認もせず書いてしまったわ。
ま、昭和最後という意味合いでは間違った表現ではなかったかなw >>495
現代の下関戦争だー!アームストロング砲が火を噴いたー!古舘の解説覚えてる? >>501
サソリを耐える猪木に「闘魂のヤドカリ!」 >>501
戦う雪崩現象、腕鉄砲水、長州砲、リキラリアート!
>>502
猪木の体からメラメラと闘魂が這い出してきた! 闘魂のヤドカリ! 猪木の体からメラメラと闘魂が這い出してきた瞬間だ−! >>503
雀百まで踊りを忘れず、三つ子の魂百までも! 8月頭っちゅうたら時期的にサマーファイト最終戦だったな。
大半が蔵前を連想させる。
平成になってからのこの時期はG1。
昭和 猪木 蔵前
これは三点セットだわ。
1982年、1983年の夏の蔵前は猪木欠場だったよね。
1982年はバックランド対藤波とタイガー対キッドやってたね。
タイガー対キッドがいい試合だった。サイド式のツームストンがエグかった。
1983年は藤波対長州がメインで、タイガー対寺西、ラッシャー対浜さんとかやってた。
タイガーの新リングネームと変な新マスクのデザインが発表されて。
あんなマスクはちょっと嫌だなと思ってたらこの日が最後の試合になっちまった。
>>504
小鉄「古舘さん!長州これで納得したでしょう!」 85年夏は両国で猪木vsブロディ。
猪木がキングコングニー初めて受けたんだっけ?
サマーファイトSが終わると、ブラディファイトSまでが凄く長く感じたな
ブームの頃はせっかくの夏休み期間中にガンガン興業を打てば良かったのに
昔は2月と8月の興行は客が入らないというジンクスがあってね。
9月の新学期とブラディファイトシリーズはワンセットだったな。。
ツクツクボウシの鳴く晩夏の頃、ジェフベックのスターサイクルのBGMとともに
次期ブラディファイトシリーズ参加外人選手の顔ぶれを興味深く見入ってたものだ(ったと思うw)。
>>514
スターサイクルたまに聞くと今だに盛り上がるよw
>>495
バイトで貯めた金で初めてプロレス見に行った試合ですw >>514
スターサイクルがなんといってもM・スーパースターの紹介にまた合うんだわ
あの黒コスに銀ラメのマスクでフライング・スリーパー(notランニングネックブリーカー)を
仕掛ける映像がベックのクールなギターサウンドにぴったりで
スーパースター自体は単独でエース外人だとちょっとインパクト弱いんだけど
次期シリーズ紹介ビデオだと実に絵になるんだよなあ 自分はプロレス見始めたときがブッチャーが新日に来はじめた頃だったので、
スターサイクル聴くと流血するブッチャーなんかの血生臭いイメージなんだわw
スターサイクル、マシンガン、カクトウギのテーマは今聴いても盛り上がるw
>>512
今から考えたら、だね。
83年当時は1年後には冬の時代の入り口に差し掛かるとは全く思ってなかっただろうから。
ファンは勿論、新日関係者も。
しかし83年のクーデターの話聞くとこの頃は内部はガタガタだね。
それがファンには見えない所だったから興行には全く影響なかったが。 リング上とは違う形で軍団抗争してたようなもんだからな。
猪木、坂口、新間vs藤波、永源、小鉄といったところか。
>>520
「カクトウギのテーマ」のカクトウギセッションは元々格闘技とは何も関係なくて
坂本龍一が当時付き合いの特に深かった
あの頃の新宿ピットイン中心に活動していたミュージシャンに
声掛けたフリースタイルセッション企画なんだよな
フリースタイルだから渡辺香津美も鈴木茂も大村憲司も松原正樹も
それぞれのギタープレイを聴かせるし達郎や吉田美奈子までバックコーラスで入っている
それらの腕自慢によるごった煮ジャムセッションを模して「カクトウギ」と称してたのが
日テレの担当者が知らないところで名前そのまま?に採用したんで
後にプロレス中継で流されてるのを知って教授もユキヒロもひっくりかえって笑ったそうなw >>523
スーパーマシンことマスクド・スーパースターが小さく見える…
しかしアメリカ人の日本語認識ってこんなんなのか >>525
蝶野のハタリハタマタガッチャメラエーと同じ構図でしょ、向こうからすれば >>524
でもあれ盛り上がるよな。
選曲のセンスは全日中継が圧倒的にいい >>527
それは同意
新日はオリジナルテーマは頑張ってるけど
あり物からイメージに合ったのを探してくるのはイマイチな印象
全日というか日テレの方はその点、普段から意識してたのか
へぇー、そっから持ってくるんだって感心するのが多かった
R&RエキスプレスのELO「R&R is King」とかもピッタリだったし
「サンライズ」なんて有名バンドの日本語の歌ものから
イントロとブリッジ部だけを持ってきて他曲と合体編集するなんて
普通は思いついてもなかなかやらないのを
あれだけのものに仕上げちゃうんだからホントにいい仕事してる >>495
キッド&スミスの新日本ラストの日でもあるんだよな
そして今日は初代タイガーのラスト日 ホーガンのテーマ曲は色々あったけど「ギャラクティカのテーマ」が良かった。
まあ1番はやっぱ「リアルアメリカン」だけど
ギャラクティカはいろいろなレスラーが使っていたみたいだが最終的にはホーガン専用に収まったらしい
>>531
でも「宇宙空母ギャラティカ」って日本では日テレ系でやってたんだよなw
ホーガンの一番が「リアルアメリカン」同意
ホーガンはリックデリンジャーとかエドガーウィンターとかスレイド
あとサミーヘイガーみたいないかにも頭の悪そうな(もちろん誉め言葉ねw)
アメリカンハードロックがさすがよく似合うよなあ
ツイステッドシスターとかも似合いそう 古い話に戻るが、星野と永源って海外遠征中に日プロ崩壊を迎えたが、帰国後の
親日へ編入したいきさつは何だったのか。星野は猪木シンパ?という事もあるが。
永源も猪木派閥だった、しかも当時すでにレスラー兼プロモーターだった
永源は坂口と大親友で初めから全日行く気なしで日テレと契約せず
星野は帰国後、全日・NTVと話し合い認められた
永源、マサさん、ラッシャー 東プロで猪木に捨てられたのに
>>530
タイガー引退の喪失感は半端なかった。山口良一のオールナイトニッポンとかLPレコードとか聞きまくって感傷に浸ってたな〜当時、家にまだビデオデッキが無かったから、動いてる姿は見れなくなった。 >>535
永源は後々、特に人脈面でおおいに興行手腕を発揮したが、当時からその辺の評価はあったんだな。
なおさら馬場(全日)も彼を取り込みたかったかも。 >>537
永源は猪木に連れられて日プロに復帰できたよ
いや永源は東プロでデビューしたから復帰≠ナはないが
日プロが子分レスラーは三人まで連れてきていいという条件出したので
その三人のうちの一人が永源だったという話 >>537
猪木は斎藤も木村もつれて日プロに戻るつもりだったが
芳の里に拒否された
斎藤は自分で海外での道を見つけたが
行き場のない木村は遅れて国際へ参加した分だけ
後輩の草津、杉山、小林、井上の後塵を拝することになる 昭和59年2月の大阪府立のメイン
猪木 前田 藤原vs長州 浜口 谷津
札幌での藤原のテロ事件があってからの
メインカード変更でこの6人タッグがメインになったけど
当初発表されたメインのカードって、どんなカードだったの?
>>538
わかる。今じゃ簡単に動いてる姿見れる世の中になったけど >>543
前売り券の段階でカードは発表されてないんでない?
タイトルマッチやリーグ戦とは違うから。 >>543
2日前の蔵前終了の時点では藤原の代わりに健吾で発表されてた。 このシリーズは猪木にあんまりテーマがないんだよな
序盤にローデスと対戦した以外は
ホーガン組とのタッグが多かった
ここでシングルをやるわけにはいかないだろうが
>>547
猪木とローデスの意味不明なシングルか。
アレンが乱入して壊した。
むしろアレン売り出しシリーズに思えた。
ブッチャーと仲間割れ→シングルで返り討ち。
猪木とのシングル初メインでも善戦するもラッシャーの裏切りで敗退。
その後はラッシャーが旧Uへ移籍でアレンとの遺恨試合はなし。
藤原のテロなど猪木外の動きが目立ったシリーズだったな。 >>547
シリーズ前半の横浜大会でファンのマナーの悪さに猪木がキレてた覚えがある。
その時の週プロの見出しが「今日はファンにやられた」だったかな? >>548 昭和56年のサマーファイトシリーズの後楽園ホールの猪木アレン戦がメインイベントだった気がする…。
>>549 入場時に紙テープで指を切ったときか バッドニュース・アレンは強いけど人気はイマイチだったな
柔道のオリンピックメダリストなのに、全然その肩書が集客に影響されない
ファイトスタイルは柔道家特有のもっさりした動きから完全に脱却に成功してたのに
まさに外人版坂口征二だな。バイプレイヤーに徹したってことで評価しよう。
いや坂口は10年くらいBIに次ぐスター選手だったぞ
>>551
アレンがNO.2ガイジンのシリーズは地味
アレンがNO.3ガイジンのシリーズは充実
M・スーパースターがエースのシリーズは地味
M・スーパースターがNO.2ガイジンのシリーズは充実 >>551
あの後、カナダのカルガリーで木村とアレンの遺恨が継続し、
アレンのイス攻撃で木村のノドが潰され、ガラガラ声になった。 柔道ジャケットマッチを観た記憶がないので、1度観てみたかった…
1984年元日決戦
猪木vsローデス、坂口vsブッチャー、藤波前田vs長州浜口 、コブラvsBたいがー
1985年元日決戦
猪木藤波vsホーガン サモアン 、坂口健吾vsマシン1号2号、コブラ星野vs上田 H斉藤
同じ元日決戦なのにカードの質に差があり過ぎるね。
85年年は、通常シリーズの開幕戦並みのカードだ。
>>557
1985年は全日本VSジャパン軍の対決が本格開始なのに新日本はパンチのないカードだな。 ただ84年の猪木・ローデスもかなりしょっぱかったな
アレンの乱入が意味不明だった
82年10月の長州革命以降、外人登用の必然性は一気に崩れたな。。
一時、IWGPでは猪木(親日勢)と外人という図式は維持されたが、所謂80年代黄金期、
視聴率20%堅持のあの頃、全体通しては日本人対決がほぼメインだった。
そしてホーガンやブロディは結局親日(猪木)ではコントロールできず、残ったアンドレ、マードック&アドニス、
流星仮面あたりはマシン軍団の片棒担ぎや藤波&木村健コンビ擁立のためのあて馬になってしまった。
>>555
ラッシャーが亡くなって火葬した後、ジョー樋口と永源が喉仏の骨を確認したら
「やっぱ折れてるわ」って…アレン酷過ぎる!骨砕けるほど強く叩く事ないだろ! 長州革命の人気が凄かったけど無駄な格上げまでしなくても名勝負残せればよかったんだよ。
オーンドルフに圧勝した前田は若すぎたし試合もしょっぱかったけど、
藤波相手以外には塩だった長州だって似たようなものなんだから、
サマーでは藤波とは互角以上だけど前田に負ける長州、でよかったんだよ。
前田だって維新相手にボコボコやる試合を見せてたらもっとブレーク早かったかもしれないし。
>>563
>前田だって維新相手にボコボコやる試合
健吾もぶっ壊し屋と言われて浜口を失神KOさせたりしていたが、だからといって上には来れないし、
当時の前田は試合の組み立てもできてなく、そんな力量はない。 当時の前田がそれはないなぁ
浜口、谷津に完勝なら許せるが、長州にはまだまだ無理だろう
前田は12種のスープレックスを全て試合で使わなかったけど、技そのものは封印したままは良くない。新日本の誰かに伝授すべきと思う
88・8・8横浜文体。親日史上において最重要カードの一つ。。
あれから早や30年の月日が。
とか言いながら、実はこの時期一番プロレスから離れてた頃でw、何一つ記憶にございません・・(´・ω・`)
この試合、特別にテレビ中継はやってたんだろうけど、従来から「ギブ待て」とかでお茶を濁しててプロレスとか
どうでもいいやとか思ってた。
前田は大型外人勢と渡り合える体格を持っていたからもったいなかったね。
藤波と長州みたいなチビッコをエース級外人より上にしたのではWWFだっていい気はしないだろうに。
前田はアマレス出身でもないのにスープレックスを多様して騒がれていたが
ホーガンより一回り小さいオーンドーフとか、エンリケ・ベラといったメキシコ勢だけだからな
カーンとかスタッドとか重量級を投げたわけじゃないから、上で通用したかどうかは疑問
前田が体格が大きいといっても
前田とスーパースター、ワンツ、スタッドとの試合がメインで組まれても
客が来るとは思えんなあw
>>568
ゴールデン降格後久々の生中継&古舘久々の実況&ビガロが復帰 >>570
前田で良かったのは若手時代から使っていたニールキック。
スープレックスは自分より大きい選手には使えなかった。
ただ不思議なもので、レスリングトップクラスの谷津のフロントスープレックスは汚いのに
アマレス経験のない前田のフロントスープレックスは綺麗だった。 谷津はフリーの選手だから投げはそれほど得意じゃなかったんじゃ?
逆にグレコの選手はタックルが苦手ゼァ
谷津のフロントスープレックスがワンダースープレックスで
パワースラムがスクープサーモンだっけ古館のネーミングかな
谷津がデカい鮭抱えてウワッとなってるの想像してた
>>571
格上げ前の長州だったらもっと閑古鳥でしょ
そのへんと対戦したら勝てそうに見えないしw >>573
>>574
というよりアマレスの投げというのは本来相手をグラウンドの体勢に引き込むテクニックであって
相手をマットに叩きつけて、まして空中で見映えよくきれいな弧を描いてとかいう技ではないから
きれいにブリッジ効かせて弧を描いて相手をマットに叩き付けそのことでダメージを負わせる投げ技という考え自体が
プロレス的な観せるためのロジックに則った一種のフィクションみたいなもの >>578
アマレスのスープレックスとプロレスの違いなんてみんな分かってるよ。
プロレスのスープレックスとしての話をしてるんだ。 魅せる技術を考えず、相手にダメージ与える事を重視しているかのような
ローランド・ボックのスープレックスもプロレス≠ネんだよなぁ
>>581
ハシミコフの水車落は当時すでにプロレスの裏も知り尽くしてた俺から見ても、くらったらきつそうな技だなあって思った。 ボックもわざわざリバースフルネルソンで投げてるからね
受身がとりにくくなるという口実で
後達「他のレスラーが水車落としの要領で投げてもあまり効かない。でもハシミコフのは凄く効く」←週プロ
>>581
鶴田、馳、永田、レッドブル軍団、スタイナー兄弟は綺麗だった。
谷津、本田、レイガンス、ウィリアムスは横捨てで汚かった。 若手時代の永田さん「今まで食らったワザで一番効いたのは齋藤彰俊のバックドロップ」
前田はアンドレと対戦して負けてもガンガンやるファイトは評価されたけど、
長州はビビッて逃げてる印象で、こいつはトップ選手としてふさわしくないって思ったわ。
受けがうまい藤波は名勝負を残せるけどエースは無理って感じ。
カーンが男前で動きも機敏だったら猪木の次はこの人だったのに、と残念に思う。
ダブルニーとモンゴリアンだけでエースは到底無理や!!
ほんと高野兄妹はもったいなかったな。もう少しやる気があったら・・・
>>527
ある意味で平成における延長コール封じの曲でもあるんだよな
フルタイムの後にあれが掛かるともう拍手で終わらせるしかないって >>527
やっぱりブロディの「移民の歌」が凄いと思う
俺は長年、全日版移民の歌がオリジナルで、ツェッペリンの方がカヴァーだと思ってた ブロディのテーマとしては明らかに全日本版の上なんだよな
とにかくイントロ部分のドラムもたまらない
ブロディ〜ウぉっ!ブロディ〜ウぉっ!って歌ってたよなw
>>583
ダブルアームスープレックスなんだから当たり前だろ あのサックスの迫力ある移民の歌を聴いてしまったら、
オリジナルのツェッペリンがショボく聴こえる
でも、ロックに迎合している連中はオリジナルを礼賛してるんだよな。
しかし誰のアイデアでZEPの曲をブロディのテーマに起用しようとしたんだろうな。
聴いた感じがたまたまフィットしてたとかか。ロビンソンのブルーアイドソウルもそれっぽいし。
連投すまんw
>>598
>オリジナルのツェッペリンがショボく聴こえる
でもBBCライブのCDとか聴くとやっぱオリジナルはそれなりに迫力がある。
渋谷も絶賛してるがw、プラントのボーカルは破格のパワーだ。 10月の東京体育館での大狂乱の入場は
オリジナルでないと様にならなかった
あの時がブロディの最高の入場シーンだった
ブロディ新日初登場時の両国。
入場の際にチェーン振り回し、壁やフェンス(施設の)にバンバン叩き付けた。
それで国技館側からクレーム。
新設したばかりだったから国技館側もピリピリしていたのだろう。
子供の時、ニックの「プロレスリング・ハワイ」(だっけ?)
と久米宏の「TVスクランブル」のオープニング曲が似てると思ったが、違うんだよな?
>>602
あれは果たしてガチかアングルか
その意味でもまさに究極のプロレス
ミスター高橋もあの時については語ってないよな 新日本ではベートーベン⇒移民の歌の合成がかっこ良かったな
全日本の移民の歌と吹けよ風、呼べよ嵐は視聴者からの投書だと梅垣ディレクターが清野のラジオで話してた
ひとつ間違っていたら
天龍のテーマ曲がサンライズになってた可能性もあったとか
当時まだ子供で、東スポやらいろんな情報も持って無く、
後楽園に観に行った時にブロディが初登場(挨拶?スーツ姿で試合はして無い)で大興奮したな。
>>603
ブロディのあの登場スタイル見ると、間寛平が爺さんの格好でふらつきながら
ステッキ振り回してセットとかをバンバン叩きまくるシーン思い出す。。w >>609
上のカクトウギのテーマもそうだけど
天龍のサンダーストームも既存曲で良くこれだけピッタリの曲あったなってくらい合ってるな
というかスペクトラム以上に当時の高中はすごい人気で
大学生のカーステの定番だったりしてたから
一歩外すと「日本の有名アーティスト/有名曲を使って却ってダサくなる」
スレスレなんだけどイイとこついてんだよなあ
これが新日(テレ朝)のセンスだと健吾とか木戸あたりの中堅に
ブルーラグーンとかの超有名曲そのまま宛がいそう >>613
天龍のは公募。その中にサンライズもあったらしいけどハンセンに回したらしい。
90年代にグラン浜田が新日に復帰したときに高中のWild Mow-Mowだったぞw
センスというより新日(テレ朝)は使い回しが多いのがな。 >>611
暗闇からスポットライトの演出はカッコよかったよねえ
あの場にいたのか羨ましい >>611
あのスーツって坂口から借りたって話を聞いたことありますが、本当なんですかね。 天龍の引退試合で高中が生演奏したそうだな。
もう最近はプロレス生観戦なんかしないけどなんかいいなと思った。
>>618
うわあ、レジェンドだな!
これならマジ見に行けば良かったわ。
天龍も高中も存命だけど強烈に昭和の香りだわ。 >>606
運命の合成は猪木のアイディア
本人によればダダダダーンではなくダッダッダッダーンというイメージだったそうだが >>621
猪木って入場テーマ曲にアイデア出してたんだ意外
好きな音楽はなんですかと聞かれて
軍歌とたったヒトコトの猪木はあまり興味ないのかと思ってた >>621
>>621
>運命の合成は猪木のアイディア
>本人によればダダダダーンではなくダッダッダッダーンというイメージだったそうだが
キラー猪木だっけ? インタビューで猪木がダッダッダッダーンと口で言いながら説明してたよね?w
長嶋茂雄みたいだったわw 猪木の頭の中には演出の全体像が見えてるんだろうね
猪木がイメージしてたのって、運命のどの部分なんだろう
シンにサーベルを持たせたのも猪木のアイディア
あるいは上田と組ませたのもそうか
>>624
たぶん部分も何もあのフレーズ以外「運命」って曲の全体は知らないんじゃ・・・ 谷津の日本デビュー戦でボロボロにするのを画策したのも猪木だな。
猪木が思いついたことをそのままやったら海賊男みたいに失敗するけど
新間がいた頃は、それを新間が取捨選択して形にしてたんだろうな。
猪木と新間のコンビだから成功したんだろう。
>>625
サーベルは誰かが勝手に渡した
と猪木はインタビューで答えてる サーベルの刃で攻撃したことってあるの?
いつも柄で殴るだけだよな
>>630
竹刀や栓抜きならともかく…
日本ではサーベルはそこらに勝手には無いと思うwww >>631
一応、あのサーベルってスポーツ用品だから刃はないんでは?
テリーからサーベルをぶん取られて、膝の上で折り曲げられたの見た時は悲しくなった・・w >>631
サーベルの刃は針金みたいにピヨンピヨンして突き刺すことなんかできないようなのと、ニードルのようにビシッと硬く尖ったのと二種類あったよね。
全日本でシンとシークのシングルのときニードル状の刃を持ってて、シークを威嚇するときに照明が刃にキラリと反射したのが実に怖かった! >>631
>>633
あれたぶん本物やフェンシング競技用でなく装飾品(鑑賞用)じゃあないかな
もちろん最初から刃もないやつ
というか刃あってあんな客席で振り回してたら新日自体営業停止w >>635
営業停止って思うけど後の大仁田以降のデスマッチはもっとすごいことやってるからねえ。
犯罪まがいというか犯罪そのものみたいなのが。 >>635
競技用か鑑賞用か詳しくないんで解らないけど
刃付きのでは、やはりマズイもんな。
他に刀剣類をコスチュームにしてたのは、カブキくらいかな?
たまにだが、ヌンチャクでなく日本刀(模造刀だろうけど)で入場して、リング上で刃を相手に向けて威嚇とかあった。
ヌンチャクがワンパターン化して、こちらは定着しなかった。 馬之助はNOW時に出刃包丁を持ってきてたな
ビデオ等動画で見たことないんでどう使ったんだか分からないが
>>636
>>637
まあ凶器攻撃やデスマッチも下駄とか栓抜きのような牧歌的なものから
時代と共にどんどん恐ろしげなものにエスカレートしてくけど
ある一線超えると却って「それ本物ならそもそも使えねえだろ」ってなっちゃうしねw ポーゴが大仁田の腹を刺した裏話を本で暴露してたけど警察介入しないのか不思議
アングルがマジな警察沙汰になっちゃったのはやっぱ伊勢丹襲撃が唯一無比?
>>635
うちにあったが四角い鉄の棒で先っぽはボルトの頭みたいになってる
切ることも刺すことも出来ない安全設計
維新軍初の対抗戦「4対4綱引きマッチ」で谷津は国内デビュー戦に引き続き
何も良いところなく血ダルマにされて惨敗した、前田は長州相手に善戦して好印象残したのに 当時は新日はまだ陣容が豊富だから
谷津の使いどころは難しいな
実際にMSGタッグでもIWGPでも持て余してる
>>643
長州にサソリ固めかけたり
エリック兄弟にクロー攻撃したり
カーンにモンゴリアンチョップしたり
相手の得意技でほんのひととき盛り上げようとする
藤波のこういうところはあまり好きではない 前田は自分が目立ちたいだけと言われるけど、それって藤波に対する言葉だよな。
相手の得意技やるって相当嫌な奴だぞ。
体が硬いしトンパチに県カウル度胸もないから前田のニールキックは真似しなかったが、
これもやっぱり前田が受ける悪評と同じだわ。おいしいとこだけ持っていく藤波最低だな。
>>622
小川直也のデビュー戦で風の音だけのテーマ曲のアイデア出したのも猪木らしい。
その後普通な感じの曲になってしまって猪木が文句言ってたとか。 >>630
写真でナイフを銜えてるのを見てこんなチャチなんかじゃなくてサーベルでも持たせろと言ったのが発端だとか
>>647
ギャラクシーエキスプレスについてはどうだったのかな
インドって言うとこういう剣を連想するが >>649
それだと中近東(アラビア)あたりじゃないw? アラビアンナイトとか童話に出てくる感じの。
まあでも猪木が何の発想で持たせたのかは判らんけど、よく外国への適当なイメージみたいなのがあって、
例えばアメリカ人が日本も韓国も中国も混同してるような、それに近い気持ちでシン(インド)〜サーベルになったか、
・・それか全く違って、「サーベルタイガー」で思いついたかな?? 最初シンは普通のナイフを口に咥えてて
それ見た猪木が高橋だったか新間だったかに「何だありゃ?どうせならサーベルでも咥えさせろ」て言ったと何かで読んだ覚えがある。
タジェシはサーベで大正解だったな。
アノキの奇抜な発想により。
ブッチャーが全日から移籍してきたくらいで団体に裏切られたと思い込むシンはチキンだな
まぁ全日でマードックに人種差別受けてようやくあのリアルKKKの顔見なくて済むと思って
新日に移籍したらマードックまで付いてきてウンザリしたブッチャーも相当のチキンだが
ジム・ナイドハートさんが亡くなったようです。
取り急ぎご報告まで。
合掌
昭和じゃないけど馳がシンに対戦要求して池に落とされたの覚えてる。
猪木も馳も国会議員なんだよなあ。
やっぱりシンってすげえや(適当)
>>657
週プロの表紙になったよね。
コピーが「おい馳、何をやっているんだ?」だったか。
不謹慎な表紙に不快感を覚えた。 エクライザーとかいうマスクマンっていたけど、あれはシンの息子?
馳は自家用車もボコボコにされたよね。被害届だしたんかな?
新日の広告宣伝費で処理したのかな?
壊されるまで馳の自家用車がセリカXXとは知らなかった
やっぱチャラチャラした車乗ってんなぁという感想
>>662
XXではなく普通のセリカ(ST182)
GTではなくZRのようだった。
俺も当時同じ型のセリカGT-Rに乗っていたから「俺のほうがいいのに乗ってる」と優越感持ったw プロ野球選手の愛車がベンツだのBMWだのというのに
人気プロレスラーの車が国産のセリカだったという衝撃はあったなw
>>655
金がいくらだったか知らないが、キャラが被るから、
裏切られたと言うか、長年一緒に仕事をしてたのに信頼は無くす。
ただ、結果的に新日でブッチャーは上手く扱えず、ブッチャー本人も商品価値が下がった。
シンは全日移籍で、上田とのコンビだったり馬場との抗争だったりいいポジションを得た。 そんなのアングルの為に会社が用意した車に決まってるだろ。
どっちにしろ、クルマ1台アングルのために壊せるぐらい新日は儲かってたって事だな
馳のマイカーかどうかはともかく、当時現役車両のセリカをボコボコにしちゃうのはもったいなかったな。
ドラマだとクラッシュするのは型落ち車なのに。
24時間テレビだかで、たけしがさんまのレンジローバーをボコボコにしてたな。
さんまとナイナイ岡村の車をペンキだらけにもしてた。
アメリカン・ドリーム<_スティ・ローデスは
メッチャ車高低いオープンカーに乗ってたんだっけ
>>669
ワープロの裏番組でアレだけど
太陽にほえろでボギーのルノーが横転した時に
日産チェリーに変わったのを思い出した シン襲撃の後に高見恭子が新日と交渉して新車を買わせたとか週プロに載ってたな
実話かどうかは知らんが
藤波と長州の抗争は1シリーズで飽きたな
やりすぎもあるが二人の引き出しの少なさが全て
>>674
馳vsシンは1991年。
馳と高見恭子が結婚したのは1994年だが。 >>676
馳はこんときはまだビクトル古賀の娘?と離婚前かな。
94年頃に馳はリングサイドで観戦していた高見恭子にキスをしたシーンがあった。
結婚直前で宣伝も兼ねて。
でも雑誌では批判的に軽く叩かれてたな。
週プロかゴングで。 >>676
車破壊は91年3月だから年末の馳vsシンとは関係ない
翌週も乱入してキャットを流血させたりしてドームの長州戦への流れ >>678
この長州戦も昭和の泥臭い流血試合だったな
Uターンしたシンはこれでお役御免って感じだった
上田と組んで坂口・小林とレトロマッチやったのも酷かったなあ >>678
馳の自動車の襲撃は長州を狙ったもの。
長州がたまたま馳の自動車に乗っていたから馳の自動車はとばっちり、という形に。
年末(91年)の馳とシンのリング外の抗争は92年1月4日ドームでの猪木戦を巡って。
一度は猪木VSシンのNWFタイトルマッチ(タイトル復活)が発表された。
そこに馳が横槍を入れてきた。
『猪木さんの相手は俺だ』と。
そこで馳VSシンのリング外抗争が勃発。 猪木VSシンの方が良かったのに馳余計な事するなと当時思ったな。
猪木がシンとやるの嫌がったのかな?
>>682
デビュー戦がタイトルマッチというのがよくなかったね。
歴史を楽しんで感情移入していくのがプロレスなのにね。 >>675
何でもやり過ぎは飽きる。1度対決したら、色々展開を考えて時間をかけて2度めに行かないと。
ただ前田vs藤波戦はもっと見たかった・・・ >>675
長州が初フォール取るまで不透明決着2度あるが半年かかってるから1シリーズということはないだろ。
初フォールでピーク、リングアウトで初防衛、メキシコ再修行から帰国して藤波がリングアウトで奪回で10ヶ月だな。
健吾、前田、谷津あたりを絡めればWWFインターヘビーの動きも面白かったがマッチメイカー坂口の失策だった。
>>684
つる太が最初からチャンピオンという同じケースだったな。 >>685
サマーは5週連続藤波対長州だったw
マードックアドニス、ラッシャーブッチャーと合わせて四組によるリーグ戦のほうが望ましかった。
あとあのシリーズでコバクニが維新に参加せず、またヘビーとジュニアで壁があったとはいえ、
藤波タイガーvs長州コバクニみたいなカードが実現したら面白かっただろうなぁ。 >>688
あ、テレビの話。
シングルの話かと思った。
確かに当時の抗争の中心の藤波・タイガーvs長州・コバクニはなったな。 >>689
そもそも小林はそのころベビー級と絡んでない 新日正規軍・革命軍・国際軍の三軍抗争の頃のコバクニは寺西と組んでいたから
長州と組むのはアングル上難しかったかもな
>>690
83年 小林邦昭(両者フェンスアウト)前田 コバクニは寺西と組んだ関係から国際軍と共闘した時期もあるんだよな。
長州・浜口・カーンvsラッシャー・寺西・コバクニというカードがあったほか、
ラッシャーとコバクニだけのタッグも一度だけある。
あとサマーでは無理に戸口を維新軍入りさせずラッシャーと組ませてもよかった気はする。
戸口と長州ってあんまり相性良くなさそうだったし。
>>690
IWGPではカーン・コバクニvsラッシャー・寺西というのもあった。 >>688
藤波vsアドニスってやってなかったか? >>695
藤波対アドニス、藤波対オーンドルフはシリーズ終了後の録画放送の時。
第一週・・・藤波木村−長州浜口
第二週・・・藤波−長州
第三週・・・藤波前田−長州浜口
第四週・・・藤波前田木村−長州浜口戸口
第五週・・・藤波−長州 >>694
> コバクニは寺西と組んだ関係から国際軍と共闘した時期もあるんだよな。
ポスターにも国際軍団として木村、寺西、小林の三人で紹介されてたこともあった。 >>696
63年サマーは5週間のシリーズで、5週目の富山で藤波vsアドニスだったはず。 当時のグラン浜田の立ち位置も微妙だったな
邦明と組む日もあれば正規軍になってたり
猪木ー浜口戦後に
維新と国際が乱入した時に
長州と小林が乱闘してる珍しい場面がある
>>699
小林は革命軍というより打倒タイガーが目的だったから、誰とでも組んでいたし、それ以外はクロネコとのシングルばっかりのイメージ。
浜田もその頃は打倒タイガーだったのかね メキシコでの実績は浜田が圧倒的に上だったろうから、佐山に対してはコノヤローという気持ちがあっただろうな
邦明はIWGPの期間中、カーン以外だと木村健ともタッグ組んだんだよな。
革命軍なんて言われたけど実質は一匹狼って感じだった。
アドニスはマードックの舎弟みたいになってから魅力がなくなってしまった。
なんでセット品扱いになってしまったんだろう。
オートンとのタッグでマードック・スーパースターと対決するのを見たかったわ。
>>704
オートン・JRのせいで組む相手がマードックぐらいしかいなかったからしょうがない。 TVマッチでマードック・アドニス組×ホーガン・スーパースター組の試合観た記憶あるんだが
ちょうどホーガンがNO.1外国人として↑られてる頃で
試合開始直後ホーガンが痛められてリタイア状態から
マードックとアドニスが代わる代わる一方的にスーパースターを攻める展開
ところがスーパースターがタフネスぶりを発揮して再三のピンチも寸でのところでピンを許さず
最後は復活したホーガンにつないでアックスボンバー一発でアドニスをピンって流れだったと思うが
あの試合が実は地味なスーパースターの日本での一番の試合だった気がする
>>706
84IWGPの広島大会か。組み合わせだけで金の取れるカードだな。
藤波vsアンドレ、猪木vs長州の公式戦も合わせて満足の行く大会だ 708お前名無しだろ2018/08/18(土) 00:49:04.95
何年の試合だかは忘れたけど
地方で行われたアンドレVSカネック戦の録画中継で、日頃はヒール扱いのアンドレなのにその時だけは何故かベビー扱いで、会場から大アンドレコールが起こったのを覚えてる。
それはカネックじゃなくてビック・ジョン・スタッドじゃないの?
カネックは佐山との試合ではやたら強く見えた。蔵前だったかな…
>>710
81年第2回MSGタッグの時のスペシャルイベントだったな。体格違いすぎだしw
でもカネックも初来日時の敵前逃亡ですっかり味噌をつけてしまった。
後に幾度も来日してるがたいしたスポットライトは当たってない。しいて言えば、長州のメキシコ遠征時で
UWA戴冠〜革命への布石という「噛ませ犬のかませ犬?になったことかww 場外でタイガーに蹴られたカネックが
オイ本気になるなよと手の平を前に差し出してたな
全日も新日もなにかメキシカンの扱いが冷淡ではなかったか
メキシコで狂乱ヒールやってた木村健吾パクチューが見たい
>>716
ま、ジュニアヘビー以下が主力だし、まずアメリカ偏重だったし。
メキシカンじゃないがラテン系だと特に親日で名を残したのはペドロモラレスとチャボゲレロか。
モラレスの76年第3回Wリーグって予選全勝で桁違いの実力見せたのに、優勝戦は2位(だっけ?)の
坂口に敗れタイトル逃すんだよな。まるで野球のCSだw ペドロモラレスって聞くと明石家さんまを思い浮かべる
>>717
まだ日本人が優勝するのが当たり前の時代だから。
同じ年のチャンピオンカーニバルでブッチャーが初優勝したが
常連外人になってたからな。 >>718
モラレスとウィルバー・スナイダーが好きだったんだよな >>715
カネックはメキシコではシンを倒した、とせっかく日本では宣伝されたのに。
あとハンセン ブッチャー ホーガン アンドレと互角に戦って。
アンドレを投げたりと。
でもそんなカネックが日本では木村健吾に簡単に負ける、と学校でネタになってたな。 敵前逃亡も上手くアングルに使えなくもなかったが、結局カネックのポジションは
実力があるにもかかわらず昇華することは無かったな。藤波の十番勝負や猪木のNWF挑戦と
舞台もそれなりに用意されていたが、外人はアンドレやハンセンらが大型レスラーが牛耳ってた時代が
悪かったのか、それゆえメキシカンというハンデ?があったのか、どうにも中途半端な存在を払拭できなかった。
NWF挑戦といってもエル・トレオで0-2ストレート負けという酷すぎる扱い
(日本向け報道と実際は違う説もあるが…)
>>716
元々、日本のプロレスはデカくて偉そうな白人をやっつけるって
アングルから始まってるからなあ。
メキシコ系とのストーリーがなかなか作りづらかったんだろうね。
新日でも全日でも、うまいアングル作れて、それで客が呼べれば
メキシカンを中心に据えただろうが。 メキシコ人レスラーのジェス・オルテガは巨漢で力道山の好敵手だったな。
>>712
敵前逃亡は東スポが書いてるだけ。不思議はそんな事言ってない。
ちなみに、その後カネックとは名勝負もあった。 猪木はチビが嫌いだから
タッグであたったジュニア相手には碌に技を受けない
キッドにすら(その扱いが前代未聞の移籍をうむ)
飛龍十番勝負
4 長州
5 長州
6 長州
7 長州
8 長州
9 猪木
10 武藤
>>728
7戦でフェードアウト。長州との抗争が盛り上がってきたので有耶無耶になったね。 まだやればいいのに、小鹿や百田や先輩レスラーと・・・最後は息子とで。
あっさりWWFインターナショナル王者にさせちまったからなぁ
シングルベルト保持者なのにチャレンジマッチは続けずらいだろ
1987年1月から3月迄の『ワールドプロレスリング』が最高におもしろかった。
長州達が出戻りで帰ってきてから、つまらなく思えた。
鶴田の十番勝負だって途中でUN王者になってるんだから
シングルヘビーの王者になっていようと十番勝負を続ければよかったのにと思う
その辺は全日の鶴田より新日の藤波の扱いがぞんざいというか
猪木の勝手な行動の煽りを食ったのかなぁという印象だった
それにとしても昭和に七戦で終わった飛竜十番勝負を
なぜ平成になって第八戦を復活させたのかが謎だ
しかもすでに二回もやってるバックランド相手に…
まー思い付きの行き当たりばったりだったんだろうな
80年代の親日黄金時代とは言いつつも、IWGPなんて失神やら暴動、ブッチャー不参加やら
まるで期待に応えることのない顛末、理念に合わない藤波の王座復帰、当初は盛り上がりもあったが連日の日本人対決、
その中での年々戦力が低下する国際陣営への辞令的な猪木と木村の制裁マッチ、
佐山タイガーの早々の退団・・。 我が世の春を謳歌といえばそれまでだが、回想してみると改めて
人気に胡坐をかいた団体運営だったと感じるな。。
猪木の欠場で戦力不足を懸念し長州と浜口を復帰させたのが結果的には悪かったのかもね
あいつらも天狗になっていたとしか思えない
>>738
浜口は復帰させてないだろ。
それどころかジャパンのゴタゴタの責任を取って一度は引退した。 猪木坂口対ナガサキポーゴ
藤波木村対ナガサキポーゴ
珠玉の黄金カード
85タッグリーグは、当初猪木藤波、坂口木村で発表されたが、
こんなマンネリ組み合わせはいい加減にしてくれって気持ちだったわ。
決勝にブロディが欠場で猪木藤波とマードックスーパースターだったら、
いくら大人しい仙台でも金返せ暴動になっていただろうな。
1
レフトフックデイトンの現在は知らないが、エレベットエディ(ザモンスターマン)
の現在は、米ペンシルベニア州エリーに住み、隠居生活をしている模様!!
考えてみれば格闘技戦たけなわな頃ってすでに40年超えてるんだよなあ。
平成になってすでに30年だし当たり前の話だけどw あの頃の出来事を鮮明に?語れる自分ってさ、
当時(40年前ね)はジジババだった人たちから関東大震災の話だの空襲の話だの聞いて「いつの話?またその話?」なんて
ウザがってた自分もいよいよ今の若い世代から同じように思われてきてるんだろうな。。ww
IWGPなんて、ついこないだ始まったばかりの気がするしw
木村健吾は国際プロレス出身のレスラー達に評判悪いなぁ
自分だって日プロ潰れて坂口の金魚のフンみたいに新日に拾ってもらったくせして
海外で国際のレスラー達に横柄な態度取って自分のプライドを保とうとするなんて
剛竜馬以下のクズ人間じゃないか
アントニオ猪木の異種格闘技ベスト1は、対アリ戦だな!
アリ戦は状況が異常だから別としても
一番難しい格闘技戦はアティサノエ戦じゃないかなあ?
そもそも何が得意なのかよくわからんから
殴られればいいのか投げられればいいのか
どう盛り上げてプロレスしていいのやら
猪木坂口星野対ブロディナガサキポーゴとか観てみたかった!
>>749
当時快進撃していた小錦の兄ということしか取り柄がなかったからなぁ >>751
それでも
猪木アティサノエ戦は
小錦が千代の富士に勝つ2日前なんだけどね >>752
小錦の絶頂期は千代の富士に勝ったときまで、後は下り坂。 >>747
健悟はそれでも三銃士台頭前から中堅ポジ受け入れてたし ジョバー務めてたしな >>749
小鉄「アティサノエはハワイで木登りしてた。木登りは全身の力とバランスがないと難しい」 >>743
不遇な扱いだったカネック&ドスカラス
俺が見に行った時はケリーツインズ戦で大暴れ!
一人がプランチャ、一人がフライングボディアタック決めたりして胸がスーッとしたよ 健吾は鶴田、谷津と対戦したときも自分勝手なことしていたな。
>>757
小説家のCW.ニコルも同じ様な事を言ってたな
木登りって馬鹿にする人が多いけど全身の筋力とバランス感覚を養うのにはとても良いトレーニングになるって >>756
ただでさえ戦力不足の上に猪木の衰え、マシンズ偏重のマンネリ、
外人勢もチビな藤波にさえ勝てないという扱いの悪さ、これでは観客も離れていくわな。
客足の新日離れを決定づけたのは9月のジャイアントマシーンだったとは思うけど。 ジャイアントマシーンはアメリカでも外人勢によるマシン軍団としてWWFで脚光浴びたけど、
よくは分らんが、向こうじゃまさに人を食ったようなアメリカンジョーク的存在になったんじゃないかなw?
1985の新春黄金Sで上田対ブッチャーとか意外な好カードがあったなあ
>>764
ブッチャー×上田は二回か三回あったはずだ。
せめてどれかひとつは放送して欲しかったね。
日本マット歴代ヒールのトップ4の二人だし。 83サマーから維新軍でずっと引っ張り84闘魂からマシンで引っ張り。
ファンがそっぽを向くのも当然だったわけだ。
小谷野金子小島風岡鈴木昂平若月シドニー福良は米原発普通列車大垣行きに乗車し、そのままオリックスを退団して欲しい!
猪木vsブッチャーの視聴率は17.7%取ったんだよな。
長州の地元の徳山でやったから会場はガラガラだったけど。
>>765
>>769
ブッチャー・シーク組vsシン・上田組ってのは見たかったな。
日本では、新日と全日だから実現しなかったけど、海外でも対戦無いかな?? >>769
でも毎回マシーンズばかり見せられるよりマシ。
同じことは83サマーの維新にも言える。
いくら人気出たからって毎週藤波と長州ばかりやるなと。 当時の新日、テレ朝は小選挙区制度みたいなものだからな。
大選挙区だったら「見たいカードベスト5」を週替わりでやるところだけど、
小選挙区だと毎回その地域の人気投票一位を見せるからどこも同じカードになる公算が強い。
84年修了時のファン投票一位のカードは猪木対藤波だったが、
じゃあ毎週猪木対藤波を見たいのかというとそうじゃないんだよ。
マンネリ化に対する批判は83年から挙がっていたのに新日フロントは人気に胡坐かいてファンを捨てた。
一番悪いのはミスター高橋。
噛ませ犬発言で長州が覚醒して「これで長州も大物外人と対等にやれる、新日はますます面白くなったぞ・・」と期待に胸を膨らませていた人も多かったのでは?
当時は、カゥボーイ・ボブ・オートんも来日したし、藤波に向かっていった勢いで大型外人との対戦を期待した。
ところが、長州の対戦相手はいつも藤波ばっかり。さすがに飽きた。
あのとき、長州が外人との試合をうまくできればまた違った展開も生まれたのにな。
UWFが帰って来た1986年の1月〜4月くらいまでが1番面白かったな。あの画面からも伝わるピリピリ感。
83年の藤波長州戦乱発は
猪木欠場、タイガー引退の影響も大きい
>>774
ジョー・マレンコのフェイスブックで、翌日見つかったと報告あり。 >>776
そんなん、今だから「マシーンズなんて・・」って言ってるだけじゃん。
当時、新春シリーズはマシーンズが4人に増殖して黒にモデルチェンジしたことで一番話題を引っ張ってた。
むしろ、ブッチャーなんてまだいるのか感ありありで上田の新日復帰もさほど話題にならず、
両者のシングルも地方でひっそり対戦するのが精々だったでしょ。 平田「地方の試合場に行くため駅からタクシーに乗ったら、
運ちゃんが『今日はプロレスですか。いま同じ顔のマスクマンが沢山で出てるの面白いですよね』
と言われて、よし!!と思った」
実は、集客もテレビ視聴率もマシン軍>次のUWFだった。
増殖マシン軍と関節技は1ミリずれたら極まらないのUだと、一般人はどっちを面白く感じたかだな。
>>778
そう考えると、長州って外人との名勝負って無いよね。 >>786
長州からしたら、いい試合ができる日本人との試合は外人対決なんだよ。
分かるか? >>784
だから、いくら話題になっても毎回同じ試合なんか見たくないっつうの。
ブッチャーがいるんだからたまにはブッチャーを出してもいいだろ?
それに俺は当時から軍団抗争に飽き飽きしてマシン嫌いだった。 >>778
長州は変にパワーファイターになったのがいけない。
ボブ・ループやブラッド・レイガンスみたいになれぱよかったのにな。 長州が前田を自分よりパワーある相手には勝てないと批判したことあるが
自身にも当てはまるんじゃないかと思った
全日でウォリアーズとやった時に何もさせてもらえなかったな
長州の試合スタイルは対戦相手へのモチベーションが前提だし、外人選手相手には難しいんだろうなぁ
長州の北米タッグ防衛戦の相手をちょっと調べると・・。
79年 7/6小林&木村健 8/31ハリウッドブロンズ 9/28シン&斎藤 11/16シン&斎藤
12/17アレン&アンドリュース(ザ・カサブブ)
80年 2/7アレン&斎藤 4/3スーパーデスト(ドン・ジャーディン)&アイアンシーク
6/25アレン&ゲシュタポ 8/8ロンスター&アサシン 10/30シン&上田
81年 1/23サモアンズ 2/2サモアンズ 3/20シン&ムラコ で、IWGP開催のためこの後返上。
ん〜、シン、斎藤、アレンといったマンネリメンツにB級外人が主ですなw TVマッチもあまり記憶が無いし
月刊紙の当該試合のグラビアもモノクロがほとんどだったような。
>>791
その後はループ(マハシン)やケビン・サリバンやデューイロバートソン(ミッシングリンク)
みたいに色物に変身するんだよw >>788
そんな個人的な好き嫌い知らんわw
それを言うなら、俺はマシーンズ大好きだったから毎週楽しみにしてたぜ〜 >>798
しかしこの写真よく使い回されるな。
原悦生の写真だっけ? >>785
> 実は、集客もテレビ視聴率もマシン軍>次のUWFだった。
これ意外だったな。
新日vsUWFはDVDBOXも出てるし、当時の感覚でも話題になってた印象ある。
ただ、同じ時期に全日vsジャパンも抗争2年目で飽きたまではいかないが、どこかやり尽くした感あったもんな。
視聴率も思ったほどでなかったようだし。 泥酔した武藤がUWF来ても客入らないじゃないですかと前田に絡んだ
子供の時、新日で出戻りUWF連中との試合ってペチペチキックとかアキレス腱固めとか地味過ぎてマシン軍に比べてつまんなかった印象しかないな
その頃の新日本はカブキに対抗してケンドーナガサキ、ウォリアーズに対抗してマッドマックスやコンガザバーバリアンとかやってたけどどれも中途半端に終わってしまった印象
全日vsジャパン時代は視聴率でも
同時期の新日vsUWFに及ばない
平均10%くらいだったし一桁も多かった
視聴率はともかく集客はUWFと提携してた頃のほうが少しマシだろ。
長州達が出ていってからと前田勢出戻りの期間、別にマシン軍だけで賄っていた訳じゃないからな
バンディとかヒギンズとかビリージャックとかパッとしないけど新たな外人勢もいたし
WWFとの提携をやめていきなりケビンケリーが来たときは違和感あったなぁ
>>805
視聴率、集客共に1987年1月から3月辺りは特に酷かった。 >>805
前田も言ってたが、新日・UWF提携時の九州で175人で新日最低記録らしい。
前田「第1次UWFは都会はいいが地方がダメだった。観客30人でスタッフの方が多かった。
グランドやってると『ローブ飛ばせ。ブレーンバスターやれ』という野次が飛んだ。
そのまま新日に来たんだから、地方で客は入らない。 一回の興行で猪木藤波長州前田藤原高田船木山田武藤橋本蝶野鈴木SKが見られるって豪華だなあ
当時行った人うらやましい
鈴木デビュー時に前田高田は新生UWF、船木は海外(武藤1日橋本蝶野1シリーズ帰国)
だから一回の興行では見られないと思う
つーか坂口やマサ斎藤も入れてやってよ
>>807
エリック兄弟のことか。
一人でケビン・ケリーって選手がいたからその人かと思ったw WWFからエリックの団体に変わって新日本自体が格落ちしちゃった印象があった
新日には70年代以降のNWA系のレスラーは合わなかった。
ブリスコ、ローデス、エリックス、ウィンダム・・・フレアーだけは合ってたか?
スレーター、デビアス、ファンクスが新日に出ても合わなかったような気がする。
藤波の、オマエ平田だろう?
あれ疑問文として、マシンの質問してるの?
>>811
猪木藤波長州前田藤原までは価値あるが、あとはまだ大した価値はないだろ。
この時代以降に飛躍したから。 ボクシングのフラッシング・ケビン・ケリーはそこそこの選手だった
>>811
NWAインターナショナル世界Jr.王者として猪木とWメインでタイトル戦やった健吾が入ってないのですが。 馬場「エリック兄弟が親日に行っても、私とフリッツの関係が崩れるものではない」
フリッツは平成になってオールディーズ企画で来てるからな。
>>804
長州対天龍がライバル対決で名勝負なんて言われてたけど、
試合内容とか全然思い出せないもんな
結局、その程度の印象だったんだろうね 猪木ケビン対武藤健吾の不穏試合は猪木の武藤への鉄拳制裁ばかりが取りざたされるが
実際に武藤を大流血させたのはケビンの鉄柱攻撃だという事を忘れてはならない
印象に残る場面を作り上げた猪木の方が役者が上って事だな
キレまくってエキサイトする健吾も印象に残ってるよ。
メインが猪木・長州組や猪木・木村健吾組だと「あぁ猪木組負けるな」と思って、猪木・藤波組だと勝つと思った。
師弟コンビは藤波がJr王者だった頃に藤波がやられて負けると、猪木が藤波を殴ってたよな。試合後に血ダルマで相手に再び立ち向かったのを記憶してる
>>831
80年の闘魂シリーズ開幕戦。
NWAインター世界Jr.王者健吾が猪木と組み、ホーガン&ロンスター?戦。
1本目 ホーガン(カナディアンバックブリーカー)健吾
2本目 ホーガン(試合放棄)健吾
いくら最終戦のNWF戦への布石とはいえ、これは酷かった。 でも猪木&藤波組ってなんのタイトルも獲得できなかったな。リーグ戦も王座(ベルト)も。
第2回MSGタッグは完全にアンドレに体力負け、翌年第5回MSGでのアウトローズとの試合も
猪木の絶不調もあったが完全に押され気味。藤波&木村健チームが台頭してきた80年代半ばに
ようやくタイトルもモノにし始めたが、相対的に外人が弱体化しての産物。アンドレ、ハンセン
ホーガン、ローデスらが猛威を振るった時代じゃ到底師弟コンビでの勝ちブックは無理だった。。
>>833
第5回MSGタッグリーグで優勝してるじゃん あの試合こそ新日の完成形。
別に外人相手でもあんな名勝負ができる。
第5回MSGタッグリーグ
1984年か!?前田、藤原、木村、維新軍が新日から脱退し、
外人もキッド&スミスを引きぬかれ、ホーガンは開幕戦に
流血したと言って、帰国。アンドレ組もJモローが途中で負傷。
とガタガタなシリーズだったなぁ。
そう、悪夢のリーグ戦なんだよな。「え?キッド&スミスが全日?」とかホント晴天の霹靂だったもん。
もう84年は折からの大量離脱〜マシン軍とか、迷走し始めて興味が行かなくなってたはず。。
しゃーないし、いやいや全日のほうがええなとw だから殆ど見た記憶ないよ。
クーデター騒ぎから超獣参戦までの1年半位は見てる方も鬱になりそうな時代だったなぁ。空気読めないキムケンの「稲妻!」が笑えて救われたけどw ケログッジョブw
84年のMSGタッグはリーグ戦グダグダだったのを優勝決定戦がいい試合になって何とか丸く収まった感じ。
84年の最強タッグは面白かった。ラッシャー、キッド・スミスの電撃参戦ありの、レイス・ニックの老練された戦いありの。
最終戦の鶴龍対ハンセン・ブロディは反則決着だったけどいい試合だった。
ケリー・ブラウンとかいうパッと無い外人と組んで出場したタイガー戸口を見て
あぁ、戸口は移籍して大失敗したなぁと、日本人レスラーが大量離脱したのに
こんな員数合わせのしょうもない使われ方しかしないんだから
リーグ戦の無い日はアンドレと無気力なシングル惨敗の日々
ホントどうしようもなかった
新日は戸口の渡航費用をちゃんと出してくれたのかな?
84年のMSGタッグといえば最終戦で猪木とアンドレのタッグ。
そして試合後のアンドレの「ダー!」だなw
>>844
広島での特別試合のマシン軍団とのやつだね。 >>842
最後仲間割れした訳でもないのに次のシリーズ
でいきなりブラウンとシングル組まれたんだよね。
アティサノエにも負けるは、奇しくも同時期に移籍したブッチャーとまとめて処分させられたイメージ。 長州達離脱後の闘魂シリーズ開幕戦で戸口は頼もしい助っ人が来たみたいな扱いだったのに
何でそんな短期間で酷い扱いになったんだろ?
いいパートナーがいなかったんだよ
坂口かカーンと組めたらね。。
戸口は移籍初期にカーンとのコンビで実績残せたからいんじゃないw?
けど、得てして海外遠征や移籍の多い選手とかって生え抜きの選手と違って
腰が落ち着かないね。転職癖がある人みたいなw 宿命として感じてるとかなのかねw
>>838
当初の予定では
維新軍は海外遠征中だったから
元々、不参加だったんだろうけど
会場の抑え具合とか見てると
やる気があんまり感じられないな 854お前名無しだろ2018/08/26(日) 00:12:12.14
ガーンと行けカーン(小沢正志)
>>853
都内大会場がない以外は前年とそう変わらない。
この年も21日間に21戦組んでたし。 >>803
マシン軍はマンガっぽくて面白かった。どんどん増殖したり、1号が意志を持ち始めて仲間割れしたり。
Uが帰ってきた時は国際や維新とは違うギクシャクした試合にしびれた。でも、多分マイナーな映画のあのシーンが堪らないみたいなマニアックな物だったんだろうな〜 >>857
80年に半年ほど復帰してる。
堆ほと言われているが、実際は契約更新しなかった。
新日参戦もマクマホンのブッキング。 >>857
首降りブックを利用して遺恨試合やってるよ 日付が80年3月24日になってるがハンセンがMSGに復帰したのって81年3月じゃなかった?
>>860
そのシェアスタジアムのビッグマッチはハンセンが一試合で得た最高のギャラ 81年にハンセンはMSGでバックランドに挑戦してる。
金網もやったはず。
またシンも81年にMSG登場とかファイトに書いてあった。
バックランドを狙うとか。
あれはシンの全日移籍で消えたんだろう。
でもシンのMSG登場も見たかった。
日本と変わらぬファイトだろうから盛り上がっただろう。
谷津のMSGデビュー戦の超高速カウントw 藤波と組んでムーンドッグスと戦ったMSG戦も妙な勝ち方だったしw
昭和40年男別冊「昭和プロレス大全」は面白かった。
BI砲から第2次UWFまでの出来事を適度なボリュームで、
まとめた良作だね。
タイガー戸口は華がなさ過ぎてなあ
維新軍の客分みたいな戦い方も本人には合わなかったんだろうけど、
新日正規軍の末席にいてもなんだか雰囲気的に落ち着かない。
戸口と藤波のコンビとか想像もつかないしw
あのころ新日は戦力不足に悩んでいたんだから、
なんとしてもUからラッシャーと剛を呼び戻すべきだったんだわ。
剛イラネとかいわんと飼い殺しにするつもりでラッシャーを再参戦させろと。
そうすればリーグ戦も、
猪木・ラッシャー/坂口・戸口/藤波・木村/(剛・高野)
あるいは
猪木・藤波/坂口・木村/ラッシャー・戸口
みたいな組み合わせも可能になって、少しはあの糞タッグリーグ戦もにぎわったはず。
実際は違うにしても、UWFで通用せず逃げ出したというイメージのある
木村と剛をすぐに受け入れたら新日がUの下ってことになっちゃうでしょ
木村の息子の証言によると、Uから全日に移籍する際、新日からも木村に誘いがあったそうだ
使い物にならなくなったから島流しにしたくせによく勧誘出来たよな
新日本は簡単に離脱できて、簡単に復帰もできる印象がある
>>867
ラッシャー・戸口だとラッシャーがチームリーダーだから連携もできない。
戸口は坂口となら大型コンビでタイプが合うが、タイプの違う猪木・戸口もいいかも。
小兵の藤波、木村、長州、浜口らだと戸口を攻めあぐね、外人にも力負けしないから強いチームになるかも。 そういうとこやれちゃうのが新日のいいところだろうけど、あのタイミングで木村戻ったところで噛ませ犬になるくらいしか道が見えない。
ワカマツに先導されてラッシャーマシンが登場、というアングル
戸口は次の新春黄金シリーズで、
アノアロ・アティサノエにシングルで
フォール負けする扱い
戸口も日プロ時代からのベテランだし、新卒?とかの若手や中堅に煙たがられてたんじゃないかい?
藤波なんか(戸口から見て)もろに格下に見てたと思う。
上田馬之助が戻ってきたところで戸口と上田の共闘もありだったとは思う。
ただ上田の子分にヒロ斉藤がついてしまったからこのギミックは成立しないかw
全日としか仕事が出来ない大塚に接近したのが最大の失敗だったよな
アレで新日上層部に徹底的に睨まれ、戸口の新日で浮上の目が消えた
戸口も一度離脱した日本人は絶対に使わない馬場の主義を完全に理解していたら
もう少し世渡りに気を遣えたのかもしれないが
>>871
木村、戸口組ならアウトローズとの試合が映像に残ってるね。戸口がリーダーシップ取ってる。 戸口はショルダーバスターをランニング式やコーナー1段目からジャンプして決め技にすべきだった。
戸口の必殺技「キウイロール」。ヤマザキが売ってる菓子パンみてーな名前だ。。
>>866
上にもある「ハンセン追放」みたいな今じゃとっくに明らかになってる
プロレス都市伝説の類をそのまま乗せてる箇所が多くてマニアには
失笑物だが
まあ当時のプロレス見てた人が懐かしむにはいい企画かね
>>879
もしくはかんぬきスープレックスにオリジナルの名前付けてフィニツシュ
にするとかね
受身上手い相手限定だった鶴田のフロントほどは相手選ばない技だから 新日にキムドクとして再登場したときは、痛め技として使っていた
ツームストンパイルドライバーをフィニッシュにしてたな。
91年ごろに再登場して栗栖と組んでた頃の方が
、らしさは出てたな。
戸口は身体を酷使してないから、誰よりもいま元気だぞ。
ということは口も元気(笑)
同世代のレスラーで一番元気ではないか?人生トータルでみるとどっちがいいとか分からないよな。。
ショルダーバスターは手加減しにくい技だよな。全体重がかかった相手の肩がどう手加減しようにも膝に激突してしまう。全日でのNWA戦でレイスから1本取る技に選ばれたんだから、猪木戦も3本勝負にして1本取らせてやれば良かったのに…
82年のタッグリーグでアンドレ組に勝ったのもショルダーバスターかな?
アンドレとカーンが場外乱闘中に戸口がグレイを仕留めたと思うんだが。
>>884
Gスピのインタビューでステロイドの後遺症に悩んでるとか言ってなかったっけ?
70くらいになればステロイドもクソもなく人間どこかしら悪くはなるけど。 ショルダーバスターといえばボブ・ループ、マイク・ジョージ。
ループは全日本参戦したときショルダーバスターで馬場からフォールとってるね。
マイク・ジョージはタイガー絡みの6人タッグの試合前に国際軍団とともに乱入して、タイガーに食らわしてたよな。
>>888
しかし地味臭ぇ顔触れだなw
まさに効くのになんか地味なこの技に相通じるものがある 天龍がパワーボム開発前、必殺技を模索してた時に頻繁に使ってた。
ムーンドックモレッティというC級選手にテレビマッチでピン取ってる。
タイミングの取り方はパワーボムとかなり似てるね。
天龍のはリバース式というかカナディアン式というか、担ぎ上げ方が逆のフォームだな。
自然と足が前に落ちていくから見てて危なっかしい。
天龍は元々使ってたショルダーバスターを
このままマットに叩きつけたら必殺技になるんじゃないかと考えていたところ
テリーゴディに食らってショック受けたんだよ
>>885
ショルダーバスターはツームストンと同じで逆さで相手にしがみついていればノーダメージ。 戸口がブッチャーをショルダーバスターで抱えてる写真があった。
あれで戸口はパワーがあるというイメージが。
80年頃の雑誌だったかな?
あのブッチャーの巨体を、と子供ながらに驚いた。
戸口もまさか自分の話題でスレが賑わってるとは夢にも思ってないだろうなw
まあ、新日にいた時代は不遇だったから、少しは報いてあげたいわけでしてw
>>897
戸口ならきっと
「全米のどこ行っても、ネットの掲示板でもいまだに俺の仕事ぶり評価されてるからな」
くらいに言っていただけると思いますw 83サマーで長州浜口が戻ってこなかったら、戸口のポジションってどうなってたんだろう。
正規軍の助っ人になるのかラッシャーと共闘するのか。
サマーのパンフでは「前田との一騎打ちが楽しみ」なんてコメントがついていたっけ。
こう書かれてるってことは正規軍サイドの人とは認識されてなかったんだな。
>>905
大木に韓国プロレスで酷使させられた挙句、ギャラを値切り倒されたから 太鼓の乱れ打ちは、ちょっとしたマッサージ。
やられてるの気持ちいいだろうね。
キムダクの記憶つうと、やっぱ親日より全日時代だな。
フレアーと組んで馬場&鶴田を降し、リング下で鶴田に英語でまくしたてる姿、
オープンタッグかインタタッグ戦だかで馬場にタックルかますがカウンターで
ジャンピングネックブリーカー食らうシーン。ついでに大木も師弟コンビ時代は威光を放ち
頭部を包帯でグルグル巻きにしながらも果敢に馬場にヘッドバット攻撃とかw
戸口もカーンとのコンビ解消後(ジャパン勢離脱後)はサクラダやポーゴあたりと結託して
親日勢いため付けるポジションでもよかったな。
>>911
まあでも狼軍団しかり独立愚連隊や国際血盟軍しかり
基本日本人のフリーレスラーで組んだ対抗軍団って
維新軍や天龍同盟のように外国人押しのけてでも
正規軍の対抗馬トップにならない限りは
あの時代だと結局はそこそこのわき役やられ役だもんなあ >>912
脇役やられ役でもいいと思う。戸口、上田、ナガサキ、ポーゴ、ヤス藤井の連合軍で、
手薄な新日正規軍と敵対するだけじゃなく、外人勢と戦い引き立て役になってもらうのもありがたい。 一流外国人レスラーがたくさん来日してた時代はフリーの日本酒&日系レスラーは格がガクンと落ちる印象があったね。
マサ斎藤が初代タイガーにシングルでピン負けしたのもその名残なんだろうな
ヒゲ面のゴテっとしたオッサンを見に客がキップ買ってくれるのかって
>>907
中学時代とかに友達とかにやられたことないかい?あれ、めっちゃ痛いぞw
今からでもやられてみ? >>920
ごく稀にあるプロレスごっこやイジメやリンチで
プロレス技で誤って相手殺してしまうのって
逆エビによる胸部圧迫が多いんだよね
子供の頃はあれ足や腰だけが極まる技と思ってたけど
実際は危ないんだよな
子供は身体柔らかい分、特に限度越えてぐっと反り返ったりしちゃうからねえ 首四の字で意識戻らず救急車で運ばれた奴いたなあ。
ほんと、プロレス上のつなぎ技が実際は殺人技だったりするから怖いね
真面目に思うんだけど、逆エビって総合でも使える技だと思うんだけど
素人の発想なのかな
>>923
あそこまでもっていけないので使えない。
キャメルクラッチのほうが現実的 まあキャメルクラッチが極めれるようなら、先に裸絞めにいくよな。
自分で書いてて思った。
>>924
「総合格闘技 ボストンクラブ」
で検索すれば動画出てくる >>926
極まったのがこんな大騒ぎになってるようじゃ、使えないってことじゃん、バカかお前 >>923
格闘技ってのは実際のところ「技がどれだけ効くか」じゃなくて
「技をいかにして極めるか」の技術の競い合いだからね
グラップリング系の競技はもちろん打撃系だって
たとえば「どれだけ効くか」基準ならボクシングの王者は
(同じ階級の中で)単純に腕力が一番強いやつが勝つことになるけど
実際はそうでないのは周知のとおり
逆エビの体勢に持ち込んで相手に返されずに絞り上げることが出来れば
総合でも使えるだろうけど実際はその体勢まで持ち込むのがまず困難だし
あの体勢に仮に持ち込めたら逆片エビの変形の要領で
ヒールや膝固めに移行した方が総合という競技ジャンルにおいては合理的なんだと思う ロープブレイクルールによって”攻防”を表現できる逆エビはプロレス演出面でじつにおいしい技
第二次Uで流行ってたアキレス腱固めって本当に効くの?
子供の頃かけ合ってたけどあまり痛くなかったんだけど
>>927
一度でも使えたのなら
総合格闘技でボストンクラブはかからないというオマエの論は破綻した
バカはオマエ議論の前提がなってない >>930
UWFみたいに回転して逃げるのは
自分で自分の膝関節極めるようなもので大怪我する >>931
あのレベルを総合格闘技と言うのなら、お前はj格闘技を見る目すらないわw
プロレスで言うなら学生プロレスやど田舎インディーじゃねーか。
あれで
ボ ス ト ン ク ラ ブ が 総 合 格 闘 技 で 使 え る
と言い切るのならやっぱりおバカさんですよ、君は。 だいたい
「一度でも使えたのなら」
とか後付けしてるしwww議論どころとちゃいますやん
コンビニ前でたむろしてるような小男が
足首クイクイひねりあう総合格闘技なんか
なんにも面白くねえんだよ
プロレスラーは百キロ以上ドン引きするほど肉厚であるべき
>>930
ちゃんと極まると効く
いわゆるツボにきちんと入ると一瞬で極まるよ
と、いうか堪えることなんかまずできない
まあそれはヒールホールドや膝固め腕絡み十字固めなんかも同じだけど
基本的に首だの腕だの脚だのといった末端をピンポイントで攻める関節技ってのは
プロレス的には決まった(極まったではない)技を耐えてるように見せるものであっても
本来は完全にポイントを正確に極められるかどうかの攻防であって
本当に極まった技をそこから耐えて堪えて返すってのはほぼ不可能 山本小鉄は関節技は極まったらギャーッなんですよと解説してた
前田日明パワーオブドリームには小鉄さんのレフェリングは
UWFの関節技に追いつけないと書いてあるけど
アンドレ前田戦アキレス腱固めからヒールホールド移行する場面で
このほうが効くんですよと解説してんだよね
>>929
逆エビは掛けられてる方の苦悶の表情はもちろん
かけてる方の全力で踏ん張って力込めてる様子がわかりやすいうえ
腕や足とっての関節技に比べ上に乗っかかられて逆反りになるという
どんな人にでも痛みが想像できるのが実にプロレス的だよね >>923
それがフィニッシュになったの1度だけ見たな。YouTubeで。流れの中で決まったやつだけど 総合とかが5分10分で長引いて3ラウンド、プロレスは60分だの時間無制限だ、3本勝負だって感じで
ハナから「土俵」が違うもんな。
>>930
それは君らが下手だっただけだな。
俺は中学生の頃、体育の先生を悶絶させたことがあるぜー! >>924
バックマウント取って、チョーク狙ったり、パンチ入れながら、
いきなりキャメルクラッチで引っ張れば極まるが、誰もやらないな。 三本勝負っていいながら、
一本も決まらずドローって例ないよね。
>>947
あるよ!
1957年10月7日、後楽園球場
NWA世界戦60分3本勝負
ルーテーズ(時間切れ引き分け)力道山
1969年12月2日、大阪府立体育館
NWA世界戦60分3本勝負
ドリーファンクJR(時間切れ引き分け)アントニオ猪木 猪木対ロビンソンは卍固めで猪木がタイにしなければ王座移動だったのかな?
>>952
3本勝負で挑戦者が1本とって
時間切れでも「2本取っていないから王座の
移動はない」というルールもあるが、、
少なくとも、あの時、観客は0−1で猪木が
負けたら、移動だと思っていただろ?
上記のように「ロビンソンの勝ちですが
王座移動はありません」と言ったら
逆に観客は激怒しただろうな。 卍でタイと決まっていたとはいえ、流石に猪木もブック破りを焦っただろうなぁ。ロビンソンなら卍を外すのなんて造作無いだろうし
卍の受け方見てるとわかるけど
マツダやバックランドって
案外体が硬そうだな
ガニアがロビンソンにAWA獲らせなかったのも、そういうブック破りで
タイトルを手放さない危険があったからか
人間性に関してはガニアもロビンソンも目くそ鼻くそw
よく猪木が藤波をリバーススープレックスで投げて、下になった藤波がクーンと持ち上がるWブリッジ。
ゴッチがテーズのWブリッジを潰して1本盗取したことがあるそう。
>>952
鶴田とフレアーが、鶴田のピンフォール1本だけで時間切れ、王者フレアー防衛ってのがあったな >>959
NWAは3本勝負の場合、2本取らないとタイトル移動なし。
リングアウト、反則からみではタイトル移動なし。
IWA世界ヘビー級選手権
挑戦者マッドドッグ・バション(2-1)王者マイティ井上
@バション(変形裸絞め)
A両者リングアウト
バションが2-1で勝って新王者となる。
これは・・・? >>961
> IWA世界ヘビー級選手権
> 挑戦者マッドドッグ・バション(2-1)王者マイティ井上
> @バション(変形裸絞め)
> A両者リングアウト
> バションが2-1で勝って新王者となる。
移動させてもいいけど
せめて一本目と二本目の順番は逆にすればいいのに
国際らしいというか… >>961
いや、IWAとNWAは
別の団体だからOKなんだよ。
1968年6月、愛知県体育館
インターナショナル選手権
王者G・馬場対挑戦者B.ブラジル
@両者リングアウト
(場外でブラジルが馬場にコブラを決めたまま両リン
馬場はそのダメージを負ったまま2本目に)
Aブラジル(体固め)
ブラジル王座奪取。
この時のインターってWWA認定だったんだな。 >>962
この試合をリアルで見ていないだろ?
ただ試合結果だけ見ての感想だな。
1本目、井上が取られ、
2本目、両リンでもタイトルが移動するのは
分かっていた。バションが場外に誘い、両リンを狙う。
必死に上がろうとする井上を引きずる
そういう攻防があったんだよ。
普通に1本目、両リンで2本目バションが取る
という試合とは違う趣があった。 >>961
基本は2フォール勝ちで移動だが
NWAですらその時々で違ってる
キニスキーはテーズから2フォール取っていない 三大王座(NWA、AWA、WWF)は2フォール(ギブ)以外の移動は認められなかったな
(まあ自分が見ていたころだけど)。そのハードルのおかげで?、結果よりもまず内容において
試合の密度なり両者の力関係のさじ加減がコントロールできた。
>>964
これ面白いんだよ。
場外乱闘やってて井上がリングインしようとロープをまたいでいるところで20カウントで王座移動。
リングインした井上はリングアウトで勝ったと手を上げているが
レフェリー「ロープまたいでいるとこで20」
井上「エェ!?」
井上の価値を落とさない配慮だった。
ダウンロード&関連動画>>
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

@YouTube
&t=1s >>964
>バションが場外に誘い、両リンを狙う。
必死に上がろうとする井上を引きずる
違うよw >>968
そうだったなぁ。
スマン!
実をいうと俺もこの試合を
リアルタイムで見ていない(そんな爺ではない)
試合結果からして、こういう攻防があったと
想像しただけ。www 心なしか前溝の外人びいきが垣間見れる采配だな。
あと、トロフィー貰ってウキウキしてるバションがなんか可愛いw
でもバションはAWAも取ってるが、小さいよな。
井上よりかなり小さいからグラン浜田サイズか?
>>971
でもバッションは自分より全然大きいシンに喧嘩売った。
喧嘩度胸は半端じゃなかった。
星野とイメージが被る。 バションは、いくらなんでも、グラン浜田(160cm程度)よりは
デカいだろ?井上(実寸173cm程度)とそうは変わらんと思う。
まぁ170はあるだろ。
シンどころか、日本プロレスに来た時は、開幕戦で
G・馬場とシングルで対戦、ケンカファイトで痛めつけ、
反則負け。見たわけではないけど。
ジャンボ鶴田がブッチャーからUN王座を奪回した試合も一本目が両者リングアウトだった。
>>973
井上は実寸170前後で173はないだろ。 >>961
これ最後が時間切れ引き分けだと1-1? バションの2-1? 1本勝負のシングルマッチだとお互いになかなか負けないのに、3本勝負だと呆気なく1本取られるのが凄く不思議に感じてたな
>>976
バションが1−0で勝ち。
タイトル(IWAヘビー)が
移動したかどうかは微妙。 >>952
>>953
実際カナダでのアーニーラッドとの防衛戦では
両リンで1−1の後にラッドが取って2−1のはずなのに
2フォールとってないということで3本目を強行してイーヴンに持ち込むという
不透明の防衛してるからね
日本でそんな防衛戦するはずはないがNWFのルール的には2フォールでないと
移動しなかったようだ NWFヘビー、WWWFヘビー、ダブルタイトル戦
アントニオ猪木(1-0)ボブ・バックランド
@猪木(リングアウト)
A時間切れ引き分け
IWA世界ヘビー級選手権
挑戦者マッドドッグ・バション(2-1)王者マイティ井上
@バション(変形裸絞め)
A両者リングアウト
猪木vsバックランドから考えると、1本目が勝ち、2本目が引き分け(時間切れ、両リン)だから、
バション(1-0)井上では?
IWA王座移動は、どうなんだ?
スレ立ての時期だが、正直全日と新日、分けてる意味あるのかと最近思えるな
NWA世界ヘビー級選手権
リック・フレアー(0-1)ジャンボ鶴田
@鶴田(体固め)
A(時間切れ引き分け)
王者フレアーの防衛もあるな
両リンは両者が1本づつ取って、時間切れは両方取らない。それだけの話
>>983
なるほど、両者リングアウトってお互い相手がリングに戻れてないから逆に「両者リングアウト勝ち」なのか。
初めて知った、ビックリだ! >>983
その理論だと、
1,2本目共に両リンだったら2-2。
1,2本目を取り合って3本目が両リンなら2-2。 >>985
一本目両リン→1-1
二本目両リン→0-0 3本とも両者リングアウトで終了とか、全部リングアウト勝ち決着とか
バカバカしいブックはさすがに無いかな?
反則はありそうだけど・・・
>>987
シン、シーク、ブッチャーで3本勝負やらせたらありそうだな。
結局、バションvs井上が間違ってるんだよ。
1-0でバションの勝ち。
あとはIWAルールに王座移動はフォールかギブでの2本勝ちというルールがあるか否かだが、
木村vsガニアもリングアウトで移動してるのでリングアウトで移動ありだが、両リンでタイトル移動は珍しい。
NWFはハンセン(リングアウト)猪木があったから、リングアウトでもタイトル移動する。 >>986
力道山時代は、一本目の両リンも0−0としていた
昭和35年9月30日、アジアヘビー級選手権
力道山対Rワルドー
@両者リングアウト
0−0なので、また一本目から開始
@ワルドー(反則勝ち)
その後、BI砲時代なら、ここで試合終了。ワルドー2−1で勝利。
ただ、その頃は、反則では王座は移動しなかっただろう
A力道山(体固め)
B時間切れ引き分け IWA, AWAダブル世界戦
マイティ井上(1-1)バーン・ガニア
@ガニア(スリーパー)
A井上(回転ドロップ〜体固め)
B両リン
本当は2-2か?
昭和新日スレで、なぜかマイティ井上のIWA世界タイトル移動で盛り上がったなw
【日替わり】タイトル移動の魔術【ルール】で新スレ立てて検証だ。
mmp
lud20191025173742ca
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